真夜中の人魚ひめ

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 幼なじみで一番仲の良かったマツが、 「夏休みの間、うちの水泳部のコーチをしてくれよ。もしかしたら、非常勤で雇ってもらえるかも知れないし」 と言ってくれた。  ちなみにマツは、この島で唯一の中学校である母校の数学教師をしている。  まあ、泳ぐしか取り柄もないし、両親も兄貴たちもなにも言わないが、さすがにタダ飯食らいは肩身が狭い。将来有望な若者に自分の経験を少しでも伝えられるのなら、なんて綺麗事を並べて、安いバイト料でもいいと二つ返事で願い出た。  懐中電灯がゆらゆらと行く道を照らしている。この島で拓けているのは日に数本の定期船が入る港の周辺だけだ。島の裏側には観光ホテルも備えた海水浴場があるが、知る人ぞ知る穴場スポットになっている。  同級生たちは、その港界隈に住んでいるのに俺の家はかなり離れた所にある。昼中なら巡回バスも走ってはいるが、それも片手で足りるほどの本数だ。  島を出て、スポーツ強豪の高校に特待生で入り、そのまま体育大学、スポンサーだった企業へと就職した俺は、都会と海外遠征の暮らしにすっかり馴染んでしまっていたから、十五の頃とひとつも変わっていない島の暮らしを思い出すのに一苦労している。  暗い帰り道の足元を照らすのは、マツから借りた懐中電灯だ。 「もっちゃん家まで、外灯なんてなかろうが」と、マツが身重の奥さんにわざわざ持ってこさせたものだ。ちなみにマツの奥さんは俺たちの一年後輩だ。
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