真夜中の人魚ひめ

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 時折吹く風がアルコールで火照った体を冷ましてくれる。寄せる波の音を聴きながら、浜辺に沿った夜道をぷらぷらと歩いた。  今は潮が引いているのか、現れた砂浜がやけにはっきりと見える。俺は立ち止まって、半分程に太ってきた月に照らされた風景を眺めた。  この島で遊べるところなんて目の前の海しかない。幼い頃から毎日のように海へと泳ぎに行っているうちに、気がつけばオリンピックの最終選考に残れる水泳選手になっていた。事実、世界大会で日本代表として出場し、上位入賞も果たしたこともある。  だが、それでも俺にはメダルは遠すぎた。  年を経る(ごと)にタイムは横這いになり、やがて下降していった。次々と若手が台頭してきて焦りもあった。疲労を溜め込んでもなお、会社の広告塔としての役目を果たそうと無理を重ねて、とうとう膝を壊して現役を引退した。  そのまま一従業員として残っても良かったのだが、俺は後先も考えずに会社を辞めた。  もうすぐ三十で水泳しか知らない俺に営業や事務なんて出来るわけもなく、かといって再就職もままならずに世間での自分の価値の低さに打ちのめされてここにいる。 (そういや、ひさしく泳いでいないな)  膝は通常の生活には支障がなくなった。泳いでも良いとの医者のお墨付きももらった。でも競技の第一線には二度と戻れない。 (そうだ。明日にでも潜ってみるか)
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