神隠しの夏

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神隠しの夏

 「トモちゃんトモちゃぁん。帰りマック寄ろ」  今日も先輩は、下級生の教室のドアの前で、まるで周りの人を気にするでもなく叫んでいる。クスクスと、女王様とその取り巻きがそれを笑う。  暑い夏の日だ。私は無意識に、先輩の濡れた黒髪がうなじに貼り付いているのを見つめた。そして気まずさから、足早に教室を離れた。 「先輩、分かりましたからそんな大声出さないでください」 「えーごめん。今度から気をつけるね」  そう言ったのはもう何十回目なんだろう。私はため息を吐きながら、スクールバッグを乱暴に肩に引っかけた。 「あのねえ、あたしねえ、何だっけ、トモちゃんにプレゼントがあるんだー」  校門を通り過ぎながら、先輩が突然そんなことを言い出す。 「先輩、私の誕生日あと半年後ですけど」 「誕生日プレゼントじゃないもんねー。日頃の感謝の気持ちを込めて、あたしからささやかな贈り物です!」  そう言って先輩が差し出してきたのは小さな紙袋だった。カラフルなマスキングテープの封を破り、中を見ると、これでもかというくらい少女趣味の可愛らしいウサギのキーホルダーが入っていた。病気みたいなソーダ色の毛並みに、水玉模様のリボン。どうみても私の趣味ではない。  ちなみに、このウサギの毒でもありそうなピンク色バージョンが、先輩のスクールバッグの上で先輩が歩くたびにぴょんぴょんと跳ねている。 「お揃いだよ。いいでしょ。うれしいでしょー」  先輩はウサギみたいにぴょんぴょんと跳ねた。私は心中呆れながら、だけど先輩の跳ねる小さな肩をそっと盗み見て、「うれしいです」と笑ってみせた。
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