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 「しばらくの間、お別れだね」 乾燥している私の唇は、感情を押し殺すように彼女の耳元で囁くと、汗でじんわりと湿っている彼女の額に優しく接吻した。ベッドに寝かされている彼女は、小さく微笑みながら頷く様な素振りを見せると、これから待ち受けるであろう苦難に向けて目を閉じて祈り始めた。ストレッチャーに取り付けられているホイールは、看護師の運転に素早く反応し、摩擦によって床と共鳴すると、ゴロゴロと低い一定のリズムを静寂の世界に轟かせた。季節は秋、すっかり日の入りも早くなり、おどろおどろしい程赤く染まった紅葉は風に吹かれてザワザワと音を立てる。どこからか物憂げなカラスの鳴き声が聞こえ、乾燥した空気が窓の隙間から吹き入れる。窓にかかったカーテンは落ち着きなく揺れていて、私の心を写し出しているかのように感じられた。  私が執刀医として彼女と改めて向き合ったときには、彼女の意識は朦朧としていて、私の声に一切の反応を示さなかった。形式上、手術台に乗せられていた彼女の腕は白く細く、いつも守られていた私が、守ってあげたくなるような感情に苛まれた。そして、その廉となる白い腕は、初めて彼女と出会ったときのことを思い出させる。
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