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「はは。旅を進めるうちに、いかに自分が守られ世の中を知らなかったのか、思い知らされた。――こんな風体では、家にも帰ることが出来ないからな。おれが戻ったことは、誰にも内密にしておいてくれ」 「それは、ああ、そうですね――そのように汚れた粗末な着物では、奥方様や兄君様方々に驚かれ心配をされてしまいますでしょう。御召し物はこちらでご用意させていただきますので、旅の疲れをぞんぶんに癒してくださいませ。すぐに、湯の用意をさせましょう」 「ああ、すまないな――それと、連れが居るんだが、連れも共に世話になるぞ」  その言葉で、今気づいたかのように男は暖簾の先に進んで顔を覗かせる。そこで、孝明は人をとろかせるような極上の、けれど控えめな笑みを浮かべて軽く頭を下げた。 「旅をしながら舞を披露しております、孝明(こうめい)と申すものにございます。こちらは、弟子の汀(みぎわ)…………。宗平様が、領主様の元へ大名様がいらっしゃるということをお耳にし、我らの舞を献上品としてお見せしたいと仰せられ、参りました」  ここまでくれば汀も心得たもので、道中の初めのころには自分の素性などを口にし、孝明の身分のごまかしに首をひねっていたものが、今はおとなしく孝明にならって頭を下げている。ほう、と孝明と汀の姿に丸い息を吐き出した男は目を細め心得たように頷くと、手を打って下男を呼んだ。     
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