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 宿を出た孝明は、宿を振り向き見上げてからよどみのない足取りで、人ごみの中に身を投じた。ここには来たことがあるような足取りで、迷うそぶりも無くすいすいと人々の間を縫い、宿から離れて行くさまは長年住み暮らしているようでさえあった。  そうして宿からどんどんと離れて行った孝明は、宿場町の中の商い通りと呼ばれる問屋筋へ入った。ここで、あちらこちらから集まった品々を大きな商家は交換しあい、小売りの行商人が仕入れをし、また武家や公家の奉公人らが物品を調達し、旅の為に必要なものを買い入れたりもする活気あふれる通りには、様々な年恰好の人々が行きかう。そういう者たち相手の食事処や茶屋が集まる界隈にある、枯葉色をした暖簾をかけている小料理屋へ、孝明は入って行った。 「すまないが……」  手近な奉公人を捕まえて、懐から鳥の型押しのある小さな銅版を取り出し見せる。それを見止めた奉公人は、一瞬だけ目を強く光らせたかと思うとすぐに柔和な笑みを浮かべて店入口にある階段を指示した。 「奥のお部屋で、お待ちですよ」 「そうか」     
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