十二幕

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 その言葉を聞いた時、年寄りは思わず固まってしまった。信じられなかった。鬼の言ったことが。これまでにも優しくされることはあったが、それは皆能力ありきでのこと、あるべくして起こることだった。だがこの鬼には能力が通じていないはずなのだ。今その目に映っているのは目を覆いたくなるような、異形の自分。それなのに共に来いなどと。次の瞬間、口から言葉が出ていた。 「貴方は、怖くないのか?この儂の姿が?」 「怖いものか。妖は異形で当たり前。わざわざ容姿のことに触れたりはしない」  鬼の目を見る。全てを射抜くかというほどに恐ろしい目だ。だがその目の奥に、鈍く光る瞳の中に、優しげな灯が見えたような気がした。鬼の目は偶像としての自分でなく本物の、妖としての自分を捉えていた。 「これまで辛い目にあってきたのだ。素直に受け止めるのは難しいやもしれん。だがこれだけは言っておこう。手前は、いや手前らは、貴殿のことを悪くは思わん。貴殿が手前らのところへ来たとして、それを拒む者は誰一人としておらん」  その言葉を聞き終えた頃だっただろうか。年寄りは泣いていた。けたたましい声を上げて精一杯泣いていた。だがそれは、これまでに流してきた悲しみの涙ではなかった。何故なら、滝の如く涙が流れているにもかかわらず、年寄りは満面の笑みを浮かべていたからだ。
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