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二幕
子は三つになるまで両親と共に暮らした。名の一つも付けられずに。
子は四六時中、部屋の奥の箪笥に押し込まれていた。口を手拭いで塞がれて。暗闇の中、子は叫ぼうとして、幾度となくなどを震わせた。目には涙を溜めながら。しかしそれが声と成ることはなく、外の誰にも届くことはなかった。
母親は家にいながら、子をそこに居ないものとして扱った。乳を与える時だけは子を箪笥から出してやるのだが、決して笑顔など見せることはなかった。
父親も同じようなものだった。御役から戻った時、妻には一言声を掛け微笑みを見せるのに、箪笥の方へは目もくれなかった。子が生まれて以来、ただの一度も。
実はこの二人、長屋の者たちに子は死んだと伝えていたのだ。故に泣き声が他人の耳に入らぬよう、子を人目につかない場所へしまい込んだのだ。
もはや二人にとって、子は居ないも同然だった。
そんな中で過ごしたからだろう。やがて子は泣くことをやめた。その虚ろな目からは、涙は枯れてしまった。
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