第4章.君との距離感

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「なあ、智也。ほんとに海、行くのかよ」 車に乗るまで顔も合わせず、ほとんど黙り込んでいた祥悟が、ふとこちらを見た。 「君が行きたいって言ったんだよ」 「別にさ、泳ぐわけじゃないし。そんなに遠出しなくていいからな。人がごちゃごちゃしてねえとこ、行きたかっただけだし」 「仕事忙しくて、疲れてるんだろう、祥」 智也の言葉に祥悟はちょっと首を竦めて 「智也はさ、片想いってしたことあんの?」 ドキッとした。見透かされたような気がして。 「片想い……ね。そうだな。……あるかも。祥は今、片想いしてるの?」 前を向いてしまった祥悟の横顔には、何の表情も浮かんでいない。 「わかんねえ。俺のは多分、恋とかじゃないのかも」 「どんな娘?可愛い?」 まさか椎杏さんじゃないよね?と言いかけた言葉を、慌てて飲み込む。 その名を出せば、さっきの話の蒸し返しになる。 「可愛い……。うーん……」 祥悟は呟いて、しきりに首を捻っている。もしかして、容姿はそれほどでもない娘なんだろうか。 ……意外に祥は、面食いじゃないのかな 「優しい子かい?」 智也が質問を変えてみると、祥悟はこちらをちらっと横目で見て 「優しい。うん、すっげー優しい。それに可愛いかな。 ……でも俺に…………………」 最後の呟きは、走行音にかき消されて、よく聞こえなかった。 「年上?年下?」 「……俺のことより、おまえはどうなのさ? 可愛いわけ?その子」 「俺?俺の相手は……」 俺の片想いの相手は君だよ。 そう、ぽろっと言いそうになるのを、智也は慌てて飲み込んだ。 「……そうだね。天使みたい……かな」 祥悟はこちらを向いて、目を見開いた。 「天使?……ふぅん……。じゃあすげえ可愛い子なんだ?」 「……まあね」 「でも智也が片想いって、なんで?告白とかしてねえの?」 「そうだね。今のところ、打ち明けるつもりは、ないからね」 祥悟はこちらをじーっと見つめたまま 「訳あり、かよ」 ぼそっと呟いて首を竦めた。智也は苦笑して 「まあ、そんなとこかな」 それきり、しばらく会話は途切れた。互いに相手のことをそれ以上言う気はないのだと気づいたから。
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