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その後、祥悟はご機嫌な様子で、惟杏さんとの夜のことを詳細に教えてくれた。
智也はつきつきと痛む心は決して表に出さずに、穏やかに祥悟の話に相槌を打っていた。
満足そうな祥悟を車で社長の家まで送り届け、マンションに戻った智也は、ここしばらくは止めていた小説の続きでも書こうかと、ノートパソコンを開いてみた。
書きかけの小説の続きを思い浮かべようとして、でも出てきたのは「祥悟」という文字。
真っ白な画面に、無意識に文字を打っていた。
ー『祥悟』と。
じっと見つめていると、その文字がだんだんぼやけて歪んでくる。
やがて、頬に熱いものが伝い落ちた。
「……祥悟」
そっと呟いてみる。
愛おしくてせつないその名前を。
涙が、後から後から溢れて、止まらなくなった。
その日から智也は、趣味の物書きの他に、日記のような散文のようなものを綴り始めた。
タイトルはさんざん悩んで『天使のいる情景』に決めた。
天使とはもちろん、祥悟のことだった。
彼について思うこと、彼と過ごした時間のことなどを、思いつくままに書き留めていく。
我ながら、乙女趣味が過ぎるな……とは思ったが、これは口に出せない言葉の代わりだ。
祥悟の前では、自分は彼が望む兄貴代わりを完璧に演じてみせる。そして、こぼれ落ちそうになる彼への想いは、ここに全て吐き出すのだ。
そうやってバランスを取っていこうと思っていた。これから先も、祥悟の傍らにいる為に。
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