第5章.甘い試練

6/20
前へ
/261ページ
次へ
「祥。気分はどうだい?」 そっと問いかけると、祥悟が胸元でもぞもぞした後、ゆっくりと顔をあげた。 その瞳はとろんとしていて、この場にそぐわないドキッとするような艶を放っている。 「んー……だいぶ、楽に、なったかも」 呑気な声音に、腹が立つより呆れてきた。 自分が招いたこのおかしな状況に、危機感はないのだろうか。 「そう。じゃあ、一人で座って? 彼女たち、まだいるんだからね」 智也の言葉に、祥悟ははっとしたように目を見開いた。どうやら本気で彼女たちのことを忘れていたらしい。顔をしかめ、嫌々というように、辺りを見回した。 「まだいたんだ。リサ」 祥悟の呟きに、こちらを睨んでいたアリサの眉がきゅっとあがった。 「私の名前はアリサ。それよりどういうこと? 祥悟はゲイなの?」 アリサの声に嘲りの色が滲む。祥悟はまだ少し気だるそうにもぞもぞと身を起こすと、くあ~っと欠伸をしてから 「ちげーし。智也は俺の兄貴」 アリサは驚いたように目を見張った。 「お兄さん? いたの? 初耳なんだけど」 「おまえさ、俺のこと、なんも知らねえだろ? いいからいい加減帰れよ。マネージャーに怒られるんじゃねーの?」 「嫌よ。帰らない。ちゃんと返事、聞かせてくれるまでは」 祥悟は後ろに両手をついてふんぞり返ると 「だーかーらー。返事はさっき見せたろ? 俺は華奈とそういう仲なの」 アリサは頬を膨らませた。 「嘘。あんなおばさん。どこがいいのよ」 「ちょっとこら。誰が、おばさんよ」 いつのまにか部屋に戻ってきた華奈が、不機嫌そうに鼻を鳴らす。 まるで絵に描いたような修羅場だ。 智也は黙って3人のやり取りを見守っていた。 下手に口を挟めばとばっちりがきそうだし、そもそも祥悟は全然慌てた様子じゃない。 どうやらアリサが祥悟のことを気に入って、2人に勝手についてきたらしい。彼女を追い返す為に、目の前で華奈と抱き合ったのだろうか。 祥悟のこの手の噂は散々聞かされているし、会う度に違う女物の香水の移り香を纏っていたから、彼の女性関係の派手さはだいたい想像はついていた。でも、実際の修羅場に立ち会ったのは初めてだった。
/261ページ

最初のコメントを投稿しよう!

247人が本棚に入れています
本棚に追加