第5章.甘い試練

13/20
前へ
/261ページ
次へ
「……はい」 『なんですぐ、電話出ねえの?』 苛々した祥悟の声が響く。智也はそっと深呼吸すると 「ごめん。今、運転中だから」 出来るだけ穏やかに答えた。 『ふーん。ほんとにあいつ、送って行ったんだ?』 「……ああ。悪いけど、切るよ」 『待てって。おまえ、戻ってくるんだよな?智也』 「……いや。彼女を送ったら直接帰る。悪いけど、祥……」 『戻って来いよ? 帰ったりすんな。おまえ、来るまで、寝ないで待ってるからな』 「ごめん、祥。おやすみ」 まだ何か言っている祥悟の声を無視して、電話を切った。そのまま携帯電話の電源を落として、ポケットに仕舞う。 祥悟を好きだ。 もう4年も、彼に片想いを続けている。 でも今は、会いたくない。 彼の顔を見たくなかった。 便利屋のように呼びつけられて、面倒事の後始末をさせられたことにも、もちろん怒りは感じていた。 でも1番ショックだったのは、アリサにキスする寸前に見せた祥悟の顔。あの残酷な流し目に、激しく動揺してしまった自分の心がショックだった。 祥悟に何も見返りは期待しない。 ただ心密かに想うだけでいい。 そう、自分に言い聞かせながら、もう後戻り出来ないほど、彼に囚われてしまっている自分の心が。そして、そんな自分の気持ちを、恐らくは華奈に見透かされてしまったことが。 「なに、やってるんだろうな、俺……」 祥悟の仕打ちを残酷だと思うのは、自分の身勝手だ。彼は、兄貴代わりの自分を頼りにしてきただけなのだ。 だって、祥悟は知らないのだから。 自分がずっと、彼を心密かに愛し続けていることなど。 知られないようにしてきた。決して悟られないようにしてきた。だから、祥悟は悪くない。 自分の気持ちを真っ直ぐにぶつけて、祥悟にキスをねだるアリサの方が、よほど潔い。あの唇を誰よりも欲しているくせに、彼の全てを独占したいと浅ましく切望しながら、臆病な自分の心を守り続けている自分は……卑怯だ。 「くそ……っ」 智也は、車のハンドルに拳を叩きつけた。 そのまま車を発進させ、ホテルの駐車場を後にした。
/261ページ

最初のコメントを投稿しよう!

247人が本棚に入れています
本棚に追加