第7章.揺らぐ水面に映る影

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ふと、祥悟にもらったマフラーを巻いたままなのに気づいて、ちょっと気恥ずかしくなった。外しかけて、思いとどまる。 ……もらったマフラーをつけていたら、祥悟はどう思うかな……。 使う為に贈ってくれたものだ。身につけていたら喜んでくれるだろうか。いや、彼のことだからにやにやして、何か揶揄うような言葉を投げかけてくるかもしれない。 智也はしばらく悩んで、結局外すのは止めた。 すごく気に入って愛用しているのだと、祥悟に素直にお礼を言いたかった。 不意に、廊下の方が騒がしくなった。誰かが何か叫んでいるような声が聞こえる。 「……?」 あの声は……祥悟だ。 社長室から出てきたのか。 智也は慌てて、洗面所のドアを開けた。 「待てっ祥悟っ。話はまだ終わってないぞ!」 「はっ。誰が待つかよ! 人の言うこと聞く気もねえんじゃん、離せってば!」 ドアを開けた途端になだれ込んできた怒号に、智也は唖然として廊下に飛び出した。 1番奥の社長室の前で、祥悟に掴みかかっているのは社長だ。 社長と祥悟の折り合いの悪さは事務所内では周知のことで、時折言い争う2人の姿は、智也も何度か目撃していた。 だが、激しい言い争いだけでなく、社長が祥悟に掴みかかっている姿なんて初めて見る。 智也は慌てて駆け出した。 「離せっつってんだろ、クソじじいがっ」 「貴様っ、誰に向かってそんな口を聞いているのだ!」 社長の手を振り払おうと暴れた祥悟の手が、勢いあまって社長の目元に当たる。 「社長っ」 智也の声にはっとして動きを止めた祥悟に、社長が拳をあげる。智也が2人の間に入ろうとする寸前、それは祥悟の頬に叩き込まれた。 ガっと大きな音がした。咄嗟に避けられず、社長の拳をまともにくらって、祥悟の身体が大きくよろめく。 その身体を智也が抱き留めると、腕の中で祥悟はすかさず顔をあげて、社長を睨みつけた。 「はっ、クソが! 人の商売道具、殴ってんじゃねーしっ」 言いながら、抱き留めた智也の手を振り払おうともがく。
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