第7章.揺らぐ水面に映る影

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祥悟は目をまん丸にしたまま、大人しく車から降りる。智也は車を急いでガレージに停めると、急いで祥悟に駆け寄った。 まごまごしていると、門を出て行ってしまうかもしれないと焦ったが、祥悟は興味津々に道の奥に続く庭の方を眺めていた。 「すげぇ……庭っつーより森みたいになってるし」 「そっち、気になるなら後で案内してあげるよ。とにかくまずは家に入って、傷の手当てが先だ」 祥悟は振り返り、夢から覚めたような顔をして、無言で首を竦めた。 家の中に入っても、物珍しげにきょろきょろしている祥悟の手をさりげなく引いて、智也は廊下の突き当たりの自分の部屋へと連れて行った。 今はほとんど使われておらず、自分も年に数回来るだけだが、通いの管理人が月に何度か訪れて掃除をしてくれているから、部屋は綺麗に整頓されていた。 「そこに、座ってて。薬箱取ってくるから」 祥悟を椅子に座らせて部屋を出た。救急箱と洗面器にお湯、タオルも何枚か必要だ。 思いつくものをとりあえず揃えて部屋に戻ると、祥悟は椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き回っていた。 「祥。探検は後だよ。ここに座って?」 智也がため息混じりに声をかけると、祥悟は手に取ってしげしげと見つめていた写真たてを棚に戻し、振り返った。 改めて真正面から見ると、祥悟の顔はちょっと酷いことになっていた。血はもう止まって固まっているが、頬が赤黒く腫れ上がっている。 智也が痛々しそうな顔をすると、祥悟はこちらに戻りながら壁際の姿見をひょいっと覗き込み 「うっわ。ひっでー顔」 素っ頓狂な声をあげて笑い出した。 「こら。笑ってる場合じゃないよ」 しぶしぶな様子で、椅子にどかっと腰をおろした祥悟の前に屈み込む。濡らして絞ったタオルで顔にこびり付いた血をそっと拭うと、祥悟は眉を顰め顔を歪めた。 「っぅ……いってぇ……。そこ、痛いっつの」 「痛いのは当たり前だよ。ちょっと我慢して。ああ……これは酷いな。骨が折れてたりしないかい?」 「んー。多分折れてねーし。でもめちゃくちゃ痛てぇ。つかさ、奥の方の歯、ちょっとグラついてるんだけど?」 まるで他人事のように呑気な声を出す祥悟に、智也は深いため息を漏らした。 とりあえず応急処置は出来るが、早めに病院に連れて行かなければ。
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