第7章.揺らぐ水面に映る影

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いったい何があったのだろう。 大切な商品であるモデルの顔に拳を叩き込むほど、社長の逆鱗に触れたスキャンダルとは何なのだろう。 祥悟の顔をタオルで清め、傷口の手当をしながら、なるべく考えないようにしていたことが、もやもやと頭に浮かんできた。 なんとなく……想像はつくのだ。 おそらくは……祥悟の交際関係絡みだろう。 あの社長をあそこまで激昴させるということは……きっとかなりの内容に違いない。 何があったのか、問い質したい。 でもその内容を……聞きたくない。 ひと通り手当てを済ませると、智也は部屋を出て台所に向かった。 冷蔵庫を覗いて、買い置きのミネラルウォーターを取り出す。ふと思いついて、キッチン用のポリ袋に氷を入れて、部屋に戻った。 祥悟は、今度は大人しく椅子に座っていた。窓の外をぼんやりと見つめている姿は、妙に脱力していて頼りなげに見えた。 「水」 智也がミネラルウォーターをグラスに注いで差し出すと、祥悟はぼんやりとした表情でこちらを見上げた。 「口ん中、気持ちわりぃ……。ゆすいでいい?」 智也が頷くと、祥悟はグラスの水をそっと口に含んで、くちゅくちゅとゆすいだ水を洗面器に吐き出した。 「くっそぉ……しみる……」 「顔、かなり腫れてるよね。これで冷やしたほうがいい」 智也は持ってきた氷の入ったビニール袋にタオルを巻いて、祥悟の頬にそっとあてた。 祥悟は一瞬、痛そうに顔を歪めたが、目を瞑り、されるがままにじっとしている。 「何が、あったんだい?」 智也は本当は聞きたくはない質問を、穏やかに切り出した。 「なにって……別に? なんでもねーし」 祥悟は目だけでちろっとこちらを見て、また目を伏せる。 「何でもないわけ、ないよね。社長は厳しい人だけど、モデルの顔に手をあげたりはしないよ」 智也の穏やかな畳み掛けに、祥悟はふんっと鼻を鳴らすと、智也の手からタオルをひったくって、完全に後ろを向き、自分で頬にあてた。
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