第1章 舞い降りた君

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準備を終えた双子が撮影用のセットへと移動した。 今回の彼らの仕事は、フレグランスの春の新作だ。無垢と神秘がコンセプトで、2人はデザインの異なる純白の衣装を身につけている。 智也は腕組みを止めて、祥悟の姿を目で追った。 ……やっぱり天性だよな。 撮影の直前まで、不機嫌を絵に描いたような顔で智也を睨みつけていた祥悟は、セットに入った途端にがらっと雰囲気を変えた。 今回の新作フレグランスのテーマは「春の訪れ」だ。真っ白な衣装の双子の妖精が、ようやく訪れた春を喜び、咲き競う花たちの香りをその身に纏う。 瓶はアプリコットピンクの愛らしいデザインで、フローラルベースの少し甘い香り。 白い衣装の上に柔らかく羽織った、薄いオーガンジー素材の布が、照明を浴びて春色に煌めく。あえて無表情で遠くを見るような眼差しをする里沙と、うっとりと花のように微笑む祥悟。瓜二つの美少女が魅せる対照的な印象が、ただ愛らしいだけではない不思議な空気感を作り出していく。最初、キャラが逆じゃないかと思ったが、2人は見事にクライアントの要望に応えていた。むしろ普段のキャラとは真逆の演出は、中性的な雰囲気を強調していた。 智也は、ただひたすら祥悟だけを目で追い続けていた。祥悟はというと、撮影が始まってから、1度も智也の方を見ない。 仕事をしている時の祥悟の集中力は、とても10代の少年とは思えなかった。本人はあまりこの仕事に乗り気ではないようだが、天職なんじゃないかと智也は思っている。 撮影が終わり、祥悟が里沙と一緒にこちらに歩いてくる。智也は夢から覚めたようにはっとして、真っ直ぐに向かってくる祥悟に、にこっと微笑んだ。 「お疲れさま」 里沙がにこにこしながら頭を下げる。その横で祥悟は立ち止まると、智也の顔を見上げて 「暇人。まだいたのかよ」 「ちょっと、祥、そんな言い方」 間に入ろうとする里沙を、先に控え室に行けと追い払うと、祥悟は顎をくいっとさせて 「喉、渇いた。なんか奢って」 さっきまでの繊細な可憐さはどこへ行ったのか、まるで女王様のような横柄な態度だ。 「着替えなくていいの?それ」 「今回のは自前。こっちの事務所で用意したやつだってさ。いいから下の喫茶室行こ。パフェも食いたい。もちろん、智也の奢りな」 ……なるほど。さっきの仕返しってやつか。
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