第7章.揺らぐ水面に映る影

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「離婚、する前提で、結婚なんて、するもんじゃないだろう」 自分の声が遠く感じた。妙にしわがれた声が出て、慌てて咳払いをする。 祥悟は首を竦めて 「形だけの結婚ならさ、別にいいのな、俺。 ただ……子どもは無理だ」 急に、祥悟の口調が変わった。浮かんでいた呑気な笑顔も消えて、表情がなくなる。 「ガキは無理なんだよ、それだけはさ。俺は子どもの親になるなんて、ぜってーに無理」 吐き捨てるような口調に、らしくない響きを感じた。智也は祥悟の横顔を無言で見つめて呟いた。 「子どもは……嫌いかい?」 祥悟はどこか遠くを見るような目をしている。 「好きとか嫌いとか、そういうことじゃないんだよね。とにかく無理。俺の血を継いだガキなんてさ、想像すんのも無理だし。ぜってーに、ありえない」 頑なな祥悟の言葉。 それはそうだろう。祥悟自身、ようやく成人したばかりなのだ。急に父親になれと言われたって、そう簡単には受け入れ難いはずだ。 5歳上の自分だって、もしゲイじゃなくて、子どもの父親になれと言われても、はいそうですかと受け止めるのは難しい……と思う。 「もし、あの娘が本当に妊娠していたら……」 「たぶん、してない」 「そんなこと、どうして言いきれるの? 彼女とちゃんと会って話をして……」 「会って話はする。おっさんやアリサがOKならな。でも当分は無理じゃねーの? 俺って謹慎処分なんだろ?」 そう言ってこちらを向いて苦笑する祥悟の顔は、いつもの彼だった。 さっきまでの彼の横顔が、まるで血を連想するように真っ赤に見えたのは、きっと沈みかけた夕陽の悪戯だ。 「ねえ、祥。彼女との話し合いがどうなるか分からないけど。結婚はそんな安易にするものじゃないよ。本当に好きな相手とか、お互いの価値観が合う人とか。そういうこと、もっとじっくり考えて……」 「本当に好きな女とは、俺は結婚はしねえもん」 祥悟は面倒くさそうに手をひらひらさせて、智也の言葉を遮ると、横をすり抜けさっきの椅子に腰をおろした。 「どうして?」
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