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祥悟はテーブルの上で両手を組んで、目を伏せた。
「前に言ったじゃん。ワケありだってさ。もし俺があいつを自分のものにしたら、あいつは間違いなく不幸になる」
……以前ちらっと聞いた祥悟の想い人だ。すごく可愛い女性だと言っていた。
そうか。
まだその娘のことを想い続けていたのか。
さっき感じたのとは違う痛みが、智也の胸をちくちくと刺す。
「相手は既婚者……なのかい? だから結婚出来ないの?」
今まで何度か、その手の話になったことはあった。でも、祥悟が自分からすすんで話してくれること以外は、極力訊ねないようにしていた。
智也自身が聞きたくないのもあるが、そういう時の祥悟の態度に、触れられたくないというオーラが滲んでいたせいもある。
だが、今回はもう一歩踏み込みたい。
なかなか見せてはくれない祥悟の本音に、もう少し触れてみたい。
祥悟は腫れた頬が痛むのか、少し顔をしかめながら指先でその場所をさすって
「んー……まあ、そんなとこ。俺、出来ればそいつのこと、忘れたいんだよね。っていうか、好きになっちゃダメだって分かってたからさ、そうならねえようにしてたつもりだったんだよね。でもさ……こないだ気づいちまった。自分の気持ち」
「……祥……」
祥悟は組んでいた手をほどいて、自分の手のひらをじっと見つめ
「なんでかなぁ……。どうして好きになっちまったんだろ。どうにもなんねえの、わかってたのにさ」
まるでため息のような、祥悟の呟き。
その声が、智也の心に突き刺さってくる。
そう。
どうして、好きになってしまったんだろう。
初めから、叶わないと、わかっていたのに。
目の前でぼんやりと手のひらを見つめる祥悟は、恋に苦しむ男の顔をしていた。その瞳に今映っているのは、自分が知らない誰かなのだ。
近づいても近づいても、どうしても縮まらない祥悟との距離。手を伸ばせば触れられそうで、でも決して抱き締めることの出来ないこの距離感が、自分と祥悟の現実なのだ。
智也は、祥悟に背を向けて、窓の外を見つめた。さっき辺り一面を怖いくらい暖かく染めていた夕陽は、もうすっかり地平線の下に隠れている。
代わりに落ちてくる夜の帳の始まりの色が、見えていた景色を暗く滲ませていく。
やがて、夜は全てを闇で覆い隠してしまうだろう。目を凝らしても、その先に光はないのだ。
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