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「なあ。ほんとに帰っちまうの？」
靴を履いていると、祥悟が後ろから近づいてきた。智也は背を向けたまま
「明日の食事の用意は頼んであるから。何か必要なものがあったら、峰さんに伝えてくれれば」
「おまえもここ、泊まってけばいいじゃん」
珍しくちょっと心細そうな祥悟の声に、心が揺れる。
「ごめんね、祥。明日は早朝から移動だから、ここからじゃ無理なんだ。終わったら、こっちに寄るから」
顔を見れば、また心が揺れる。
智也は穏やかに答えると、身体を起こした。
「明後日はオフだから、一緒に病院に行くよ。とにかく今夜は大人しく寝てて。峰さんに保冷剤も頼んであるから、それで頬を」
「なあ、こっち向けよ、智也」
祥悟の手が腕に触れる。
智也は諦めてゆっくりと振り返った。
祥悟は眉間にシワを寄せている。
「俺だけここに置いてくのかよ。おまえのマンション、泊めてくんねーの？」
「祥……。さっきその話はしたよね。君は今、身を隠してなきゃいけないんだから、俺の部屋じゃ」
「さっきからなに、怒ってんのさ、おまえ」
祥悟はこちらの言葉を聞こうともしないで、次々と遮ってくる。智也は微笑んでみせた。
「怒ってなんか、いないよ。祥。お願いだから聞き分けて。明日仕事が終わったらすぐ、ここに来るからね」
「じゃ、俺一人でホテルに行く」
「祥」
智也は、こちらに背を向けようとする祥悟の手を、慌てて掴んだ。
「怪我してるのに、外に出て行くなんてダメだよ。まだ腫れもおさまっていないし」
「じゃ、マンションに泊めてよ」
智也は大きくため息をついた。
「祥……」
「わかった。もういい。なんか頭痛いし、もう寝る」
祥悟は智也の手を振りほどくと、くるっと背を向けて行ってしまった。
「祥……」
聞こえないように、そっと小声で呼んでみた。
突き当りのドアがバタンっと音をたてて閉まる。
智也は宙に浮いたままの手をぎゅっと握り、唇を噛み締めた。
……ごめんね、祥。 今は……君の側にいたくないんだ。
そのまま背を向けて、玄関を出た。
智也はため息をついて、そのドアにもたれかかった。
真っ暗な空を、切れ間のない雲が重なり合いながらゆっくりと流れていく。時折顔を覗かせる月が、辺りをうっすらと青白く照らしていた。
「祥……」
智也は小さく呟くと、両手で顔を覆った。
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