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情けない、みっともない涙声の自分の呟きに、抑えていた涙が一気に溢れ出した。
「俺は……っ、君の、兄貴じゃない。好きなんだ。愛しているんだよ、君をっ」
アリサをあそこに呼び出して、どんな話し合いをしていたのかは知らない。
でもせめて、彼女をあそこに呼ぶとひと言、自分に連絡して欲しかった。
あんな風に唐突に、見せつけられたくなかった。心の準備が必要だったのだ。
……わかっている。祥悟は悪くない。
わかっているから、やりきれない。
床に放り出した上着のポケットの中から、携帯電話の着信音が響く。
あの受信音は祥悟だ。
智也は少しだけ顔をあげ、涙に濡れた目で上着を見つめた。
『なあ、智也。遅いんだけど? おまえ今日、こっち来るって言ったよね?』
受話器の向こうから聴こえてくるだろう祥悟の声。まるで本当に聴いているみたいに、鮮やかに頭の中に再現される。
智也は呻きそうになる声を押し殺し、鳴り続ける着信音に背を向けた。
「……無理だ。ごめん、祥。ごめんね」
一旦切れたベルが、再び鳴り始める。
智也は布団を頭から被って、彼からの呼び出しを拒絶し続けた。
目が覚めて1番に、上着のポケットを探った。
携帯電話の着信履歴は、全て祥悟からのものだった。
今日はオフだ。
本当ならば、昨夜は向こうに泊まって、今日1日、祥悟とあの家で過ごすつもりだった。
怪我の跡も薄くなり、例の件についても、根回しはしたから大きな騒ぎにはならないだろうと、社長から聞かされていた。
もちろん、既に予定されていた仕事のキャンセルや延期なども多く、祥悟にはそれなりのペナルティが課せられるだろう。ただ、彼のモデルとしての商品価値が揺らぐほどの事態は、避けられたようだった。
あの家で祥悟と過ごす時間も、あと僅かだと思っていた。1日ゆっくり一緒にいられるのは、今日で最後だとわかっていた。
祥悟が仕事に復帰したら、前よりも距離を置こうと決めていたからこそ、今日だけは智也にとって、特別な1日になるはずだったのだ。
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