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祥悟が、本気で瑞季を口説いているとは思えない。だから余計に腹がたつ。
同性しか好きになれない自分や瑞季と、祥悟との間には、絶対に超えられない壁があるのだ。
そのやるせない壁を、本気でもないくせに、いとも簡単に乗り越えてくる。悪気はないとわかっていても、祥悟の言動にいちいち動揺してしまう自分としては、その気安さが妙に腹が立って仕方ない。
……そういう色気、無駄に振りまくのは、頼むからやめてくれよ、祥。
「へえ……。この子がそんなに大切なんだ? 智也。おまえがそんなムキになんの、俺、初めて見たんだけど?」
自分を嘲笑うような顔で見上げてくる祥悟に、胸の中のむかつきが増していく。
……人の気持ちも、知らないで。
好きだから憎らしくて仕方がない。
どうしてわかってくれないのだと、理不尽な感情が胸の中で荒れ狂う。
わかるはずはないのに。
自分は祥悟に、伝える言葉を持てない臆病者だ。
智也は込み上げてくる思いをぐっと押し殺して、無理やり微笑みを浮かべた。
「そうだね。瑞季のことは大切だよ。だから君に、軽はずみにちょっかいをかけて欲しくはないかな」
震えそうになる心を抑え込み、わざとゆっくりと抑揚のない声を絞り出す。
祥悟の瞳が、一瞬だけ、何か言いたげに揺らめいた気がした。でもそれはすぐに消えて、祥悟はまるで勝ち誇ったような笑みを満面に浮かべた。
「そっか。なるほどね。おまえが昨夜来なかったのって、そういうことかよ」
祥悟は独り言のように呟くと、襟を掴んだままの手をうるさげに払い除けながら、立ち上がった。
「と、智くん、僕……」
自分と祥悟のやり取りを見守っていた瑞季が、おろおろとこちらを見比べている。
「悪かったな、邪魔してさ」
祥悟は瑞季ににこっと笑いかけると、くるりとこちらに背を向けて
「ごちそうさま」
「あ。祥。どこに」
そのままリビングを出て行こうとする祥悟に、智也は慌てて呼びかけた。祥悟は立ち止まり、振り返らずに首を竦めて
「着替えてくる。そろそろ行かねえとだし」
「行くって……何処へ」
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