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智也は腕を前に出して、自分の手のひらを見つめた。涙で揺らめくそれは、力なく幻の人を掴もうともがいている。
「祥。ダメだよ……。どうしても君を……忘れられない。頼むよ……祥……頼むからもうやめてくれ……」
智也は握り締めたこぶしを、壁に打ちつけた。
腹の奥から込み上げてくる慟哭は、もう抑えきれない。
「祥……俺が好きなのは君だ。抱きたいのは君だけなんだよ! 君しか……要らないんだ!あああ……っくそっ」
智也は叫びながら、壁をこぶしで叩き続けた。
リビングのドアを開けて中を覗き込むと、もうすっかり服を身につけてしまった瑞季が、こちらを振り返りソファーから立ち上がった。
「智くんっ」
智也はバツの悪さに、瑞季を真っ直ぐに見れず
「ごめん、瑞季くん。放ったらかしにして」
「ううん。智くん、大丈夫?」
「あ……ああ。何でもないよ。急に飛び出して、本当にごめんね」
おずおずとソファーに近づいていくと、瑞季はぱたぱたと駆け寄ってきて
「僕は全然、平気。それより智くん。誰かから電話だった? もしかして……祥悟さん?」
顔を下から覗き込んでくる瑞季の、無邪気な視線が痛い。智也は苦笑いをすると
「あー……。うん、いや。留守電だけどね」
「祥悟さん、何て? やっぱり来て欲しいって言ってきた?」
「え? ……いや、そうじゃないけど」
瑞季は不思議そうに首を傾げると
「じゃあ、呼び出されたわけじゃないんだ? ふーん……」
「うん。瑞季くん。それよりその、途中で……その……中断してしまって……申し訳ない。ただ俺は」
瑞季が不意に手を伸ばしてきた。びくっとする智也の手を取ると、にっこり笑って
「智くん謝りすぎ。僕、別に怒ってないし。それより……」
言いながら瑞季は伸び上がって、すぐ間近から顔を覗き込んできた。智也がドキッとして目を逸らすと
「智くん……泣いてた? 目が真っ赤だよ」
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