見えない糸

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「智くん。嬉しい?」 不意に、瑞希が首を傾げながら問いかけてくる。智也は目を丸くして、瑞希の顔をまじまじと見つめた。 「嬉しい? 俺が? ……どうして?」 瑞希はふふっと小さく笑って 「なんとなく。智くん、今すごく優しい顔してたから」 ちょっと意味ありげな目をする瑞希から、智也はさりげなく視線を外して、紅茶をひとくち啜った。 ……嬉しいのだろうか。俺は。祥悟に会える、ただそれだけで。 「瑞希くん。こっちだよ」 物珍しげにきょろきょろしては、横道に逸れていく瑞希に、智也は苦笑しながら同じ言葉を繰り返した。瑞希は振り返り、小さく舌を出しながら首を竦め 「ごめんなさい。僕また脱線しちゃった」 「いや。好奇心旺盛なのはいいことだけどね。さ、ここだ」 瑞希を手招きしながら、スタジオのドアを開ける。今日の撮影は、事務所の元先輩で人気モデルだった遼乃から、祥悟が直々に指名された仕事だった。引退後に彼女が立ち上げたプライベートブランドのカタログの撮影だ。 祥悟は、デビュー当時に人気絶頂だった彼女の女王気取りの傲慢さが嫌いで、この仕事にはあまり乗り気ではないらしいと、社長から聞かされていたが。 ドアを開けると、既に撮影は始まっていた。智也は邪魔にならないように、そっと壁際に瑞希を連れて行くと、唇に人差し指を当てて 「撮影中は静かにね。途中、休憩に入ったら控え室に連れて行くから」 瑞希はこくこくと無言で頷くと、好奇心いっぱいのキラキラした目で、セットに佇む祥悟の姿を見つめた。 それを横目にしながら、智也はそっと深呼吸をすると、恐る恐る祥悟の方に視線を向けた。 彼の姿をまともに見るのは、本当に久しぶりなのだ。 緊張していた。 初めてスタジオに見学に来た瑞希よりも、たぶん自分の方が、変に興奮している。 まるで憧れの想い人に会う前の乙女のように、心臓が馬鹿みたいにドキドキしている。
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