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黒を基調にデザインされた遼乃の服を身に纏い、撮影用の照明に浮かび上がる彼の姿は……美しかった。
もう数えきれない位に、彼の撮影現場を見てきている。プライベートでも誰よりも1番彼に近い場所で、彼の一挙手一投足を見つめてきたのだ。
ほんの数ヶ月会わなかっただけなのに、見るまいと必死で避けてきたのに、祥悟の姿をひと目見ただけで、心が惹き寄せられていく。
目が、離せなくなる。
心の奥に沸き起こった小波が、抗えない力で次々と押し寄せてくる。智也は脚が震えそうになって、慌てて壁に背を押し当てた。
……祥……。
まるでそこだけスポットライトを浴びたように、祥悟の周りの全てが暗転した。
音すらも全てかき消えた。
手を伸ばしても決して届かない天使が、そこにいる。智也は震える吐息を漏らすと、手の甲を口に押し当てた。
どうしてこんなにも、心が揺さぶられるのだろう。会えなかった時間も距離も、この一瞬であっけなく霧散していく。
どうしてこんなにも、泣きたくなるのか。
彼の姿を、ひと目見ただけで。
「智くん?」
瑞希の声が聴こえて、智也は白昼夢から解放された。途端にスタジオのスタッフの声や機材の音が、うわーっと押し寄せてくる。
「ぁ。うん? なんだい?」
咄嗟に普通の声を出そうとして、思ったより声が大きくなった。瑞希は目を丸くして、人差し指を自分の口に押し当てると
「智くん、声」
「あ、ああ……ごめん」
智也はちらっと周りを気にしてから苦笑した。瑞希は笑いをこらえながら伸び上がってきて、智也の耳元にそっと囁いてくる。
「大丈夫? 智くん、なんか……魂飛んでた」
智也もつられて苦笑すると
「大丈夫、だよ。ここ、暑いからね、ちょっとぼんやりしただけだ」
瑞希は首を傾げながら頷いて、再びセットの方に目を向ける。
「祥悟さん、やっぱりすごい綺麗だ」
声を潜めながら感嘆のため息を漏らす瑞希に、智也はほっとして頷き、でも祥悟の方に再び目は向けられなかった。
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