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瑞希がビクッと飛び上がる。智也は内心舌打ちして、不意に沸き起こった激しい衝動を必死に抑えた。
「俺が、どんな目で祥を見てたって? それを俺に分からせてどうするんだい?」
「智くん。僕……」
「ああ。忘れられないよ。自分でも分かってる。だから……会いたくないんだ。会ってはいけないんだよ。俺は……あのまま祥悟の側にいたら……俺はおかしくなる」
ひと目姿を見ただけで、心があんなにもぐらついた。距離を置こうと必死に頑張ってきた時間が決意が、木っ端微塵に砕け散った。
こんなのは普通じゃない。
こんな激しい感情は尋常じゃない。
自分では抑えの効かない狂おしい想いは、恋なんて生易しい名前では呼べない。
会えば、近づきたいと思う。近づけば、触れてみたいと思う。そして触れてしまえば……欲しいと思ってしまう。彼の、全てが。
自分と彼を隔てる大きな壁を、壊したくなる。
彼が、欲しい。心も、身体も。
「おかしくなっちゃえば、いいよ」
不意に瑞希が、ヒヤリとした声で囁いた。
「祥悟さんが、欲しいんでしょ? 好きで好きでどうしようもないんでしょ? 智くんさっき、まるで祥悟さんを絞め殺しそうな目、してた」
「瑞希、くん……」
「だったら、手に入れちゃえばいいのに。好きだって言って、奪っちゃえばいいのに」
「よせっ瑞希く」
「怖がって何も言えないだけだよね。言わなきゃ、何も伝わらないよ。智くん、後悔する。本当に会えなくなった時に、絶対に後悔するよ」
瑞希の目から溢れた涙が、つーっと頬に伝い落ちる。智也は息をのんで、反論の言葉を失った。
「想いは、言葉にしなければ絶対に伝わらない。してしまった後悔よりも、しなかった後悔の方が、ずっとずっと、苦しいんだよ。痛いんだよ」
智也はくしゃっと顔を歪め、瑞希の身体を掴んでぐいっと抱き寄せた。
淡々と流す彼の涙が、まるで血の色のように見えた。淡々と呟く彼の言葉が、氷のように突き刺さってくる。
明るくて素直で優しい瑞希の、普段は見せない大人びた涙。その瞳に宿る深い慟哭に、かける言葉が見つからない。
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