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「ねえ、智くん。智くんは、後悔しないでよ。このまま諦めたり、しないで? 僕みたいに、ならないでよ。お願いだから」
しゃくりあげる瑞希の背中を、とんとんと優しく叩いた。瑞希の微かな震えが、密着した身体から伝わってくる。
「無理だよ、俺は、祥を、奪えない」
情けない涙声が、自分の口から溢れ出る。
「言えないなら、僕が言う」
「それはっダメだっ瑞希くん、俺は」
「お取り込み中、悪いんだけどさ」
不意に、後ろから声がした。
智也はドキッとして振り返る。
ドアを手で押さえ首を傾げながら、冷ややかな瞳で自分を見つめる祥悟と、目が合った。
「そこ。邪魔なんだよね。どけてくれる?」
「……祥」
智也は慌てて瑞希の身体を離して、近づいてくる祥悟に道をあけた。
細い眉を片方だけあげた祥悟が、侮蔑の笑みを浮かべたまま、横を通り抜けていく。
「祥悟さん、あの、違うんです、僕」
瑞希が悲鳴のような声をあげた。その声に祥悟は立ち止まり、瑞希の方に振り返る。
「違うって何が? 邪魔だからどけてって、言っただけだけど?」
「祥悟さん、違う。これ、誤解」
「瑞希くん、いいんだ。君は黙って」
祥悟に氷のような冷ややかな目で睨まれても怯まずに、尚も言い募ろうとする瑞希の腕を掴んで、智也は自分の後ろへと、彼を庇った。
祥悟は首を傾け片目を細めて、まるで挑発するような視線で、こちらを睨めあげてくる。
さっきスタジオで感じた、敵意にも似たキツい眼差し。どうやら、今日の祥悟はすこぶる機嫌が悪いらしい。
気の進まないこの仕事に、やはり苛立っているのだろうか。
全身の毛を逆立てた猫のような威嚇に、心が萎縮していく。
こういう時の祥悟は、どこまでも残酷に、こちらの心を抉るような言葉を投げつけてくるのだ。その美しい唇と声で。
自分は、機嫌が悪い時の祥悟の悪い癖を知っているから平気だが、それを、何も知らない瑞希にぶつけられては堪らない。
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