濡れて艷めく秋の日に

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それはわかっている。社長が言いたいことは、自分でもずっと自覚してきたことだ。 これまで、そこそこに需要もあり、そつなくこなしてきた今のモデルの仕事。 指名を受けることがないわけじゃない。だから、見てくれは悪くはないのだろう。だが、この業界で生きていく為には、それだけでは足りない。これまでどうにかやっていけたのは、事務所の力も大きいのだから。 智也自身、ある時点から、限界を感じてきてはいた。自分は向いてないのだ。この世界には。 次々に入ってくる後輩たちの面倒をみながら、彼らの他者を押しのけても仕事を掴もうとする必死さに、自分にはない眩しさを感じていた。 年齢的にも、自分は次のステージを真剣に考えなければいけない所にきている。 わかっていてもなかなか踏ん切りがつかずにいたのは、自分が本当にやりたい事に自分の力量が足りているのかという不安もあったが、やはり一番の理由は、祥悟のことだった。 距離を置くと決めてから、祥悟とプライベートで会う機会はなくなった。事務所や現場で顔を合わせても、軽い挨拶を交わす程度だ。そういう関係がずっと続いている。時折、無性にもっと話がしたくなって、去っていく彼を呼び止めたい衝動に駆られたが、祥悟は自分のそういう態度を特に気にしている風ではなかった。 事務所の先輩と後輩。それ以上でも以下でもない。 寂しくても自分で決めた彼との距離感だ。 その細い糸のような彼との繋がりを、完全に断ち切ることが出来ないでいる。 「真名瀬。おまえは今後、どんな風にやっていきたい?」 智也は橘社長の探るような視線からすっと目を逸らした。 「それは……自分でもよくわかってます。いろいろと、考えてはいるんですが」 「もしおまえが望むならな、真名瀬。時期を見てスタッフとして……という道もあるぞ。おまえは人当たりがいいし、面倒見もいい。うちの連中だけじゃなく対外的にも人望がある」 「社長」 「ん?」 「もう少し……考えさせてください。返事はそれほどお待たせしないと思います。自分のことは……自分で決めたいので」 「……そうか。わかった。さっきの件は引き受けてくれるな?」 「はい」 「いいだろう。スケジュールは徳田の方から連絡させる」 「ありがとうございます」 智也は立ち上がり、橘に一礼すると、社長室を後にした。
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