濡れて艷めく秋の日に

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廊下に出ると、ちょっと途方に暮れた気持ちで、ぼんやりと歩き出した。 社長から告げられたのは、やんわりとした引退勧告だ。今回の祥悟との仕事が終わるまでに、何らかの答えを出さなければいけない。 「潮時……かな」 小さく呟いてみる。 そろそろ…とは思っていたから、特別にショックはない。むしろ、今自分の心がざわめいて落ち着かないのは、祥悟と組まされた仕事の方だった。 祥悟がデビューしたての頃には、一緒の現場で仕事をしたこともあったが、キャラクターも需要も全く違う彼とは、その後同じ仕事で絡むことはなくなっていた。 今回のような対外的な撮影で、祥悟と絡んでの本格的な撮影の仕事は、実は初めてなのだ。 智也は立ち止まり、無意識に握り締めていた自分の手を解いて見つめた。 ……なんだよ、俺。震えてるのか? しっとり汗ばんだ手が、小刻みに揺れている。 動揺し過ぎだ。 智也は苦笑すると踵を返して、いったん通り過ぎてしまった洗面所に向かった。 自分が今、どんな顔をしているのか不安だった。気持ちを落ち着けてからじゃないと、人に会うのも億劫だ。 開けようとしたドアが勝手に動いて、智也は思わずたたらを踏んだ。そのままバランスを崩し、焦って足を踏ん張る。 「うわっ」 声がして、前のめりの身体を誰かが受け止めてくれた。その声に、ハッとする。 「おまえ、智也かよ?」 腕を支えてくれた彼が、呆れたような声で言った。 「っぁ」 返事をしようとして、喉が詰まる。 「デカい図体して、なんで突っ込んでくるのさ?」 「…ぁ、ああ、ごめん」 慌てて振りほどこうとした腕を、逆に強く掴まれ引っ張られた。 洗面所に引きずり込まれる形になって、背後でドアが閉まる。 恐る恐る見ると、近い位置に祥悟の顔があってドキッとした。思わずそっぽを向き、後ずさろうとするが、祥悟は掴んだ手を離すどころか、ますますぐいぐい引っ張ってきて 「なに、その態度。おまえ、最近冷たくねえ?」 「や、えっと、祥。久しぶり……だね」 どんな顔をしていいのかわからず、智也は曖昧に微笑んでみた。 祥悟は片眉をキリリと吊り上げて 「まともに会話する気もねーのな。……ムカつく」 何故かひどく苛立っている祥悟の様子に、智也は緊張した。 よりにもよって今、祥悟に会ってしまうなんて。
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