濡れて艷めく秋の日に

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「わ。なんかカビくさくねえ?」 「うん。この時期は湿気がこもるからね。俺も最近ずっと来てなかったしな」 庭の駐車スペースに車を停めて外に出ると、さっさと先に玄関まで行ってしまった祥悟の後を追った。 早く開けろとせかす祥悟に苦笑して、玄関の鍵を外すと、ドアを開けた祥悟が顔をしかめる。 そういえば、随分長い間、この家には来ていなかった。管理人が掃除してくれるのは月イチぐらいだから、重たい空気が暗く澱んでいる。 「とりあえず、奥のリビングにいってて。窓を開けてくるから」 言いおいて、先に靴を脱いで上がろうとした智也のシャツを、祥悟がぐいっと掴む。 「家中換気すんだろ?手分けしてやるし」 祥悟はなんだか楽しげに先に靴を脱いであがると、勝手知ったる様子で階段の方へ向かってしまった。智也は慌てて彼の後を追う。 謹慎の時に1ヶ月近く、祥悟はこの家で身を潜めていたのだ。まるで実家に帰ってきたみたいに馴染んでいる姿に、智也は思わず頬をゆるめた。 「こっちはおまえの部屋だろ?んじゃ、この部屋って誰のさ?」 2人で手分けして、各部屋の窓と雨戸を開けて回った後で、開かずの間になっている北の角部屋を見つめて、祥悟が首を傾げた。 「そこはね。日当たりが悪いから物置になってるんだよ。前に一度調べてみたけど、お祖父さんの若い頃の物ばかりだったな」 「へえ……。ここってさ、おまえがじいさんからもらった家なんだよな?将来結婚とかしたら、ここに住むわけ?」 結婚という言葉に、智也は内心ドキっとして目を逸らし 「さあ。どうかな。ここはちょっと不便だからね。もしそうなっても……住むことはないかな」 「ふーん…」 祥悟はすぐに興味を失ったように、先に階段を降りて行った。智也はその後ろ姿を見つめて、そっとため息をつく。 ……俺が結婚する日なんて…来ないんだけどね。 ここに来たいとしつこく言い張ったくせに、祥悟はその後リビングのソファに座り込んでしまって、テレビをただぼんやりと見つめている。智也は彼のお気に入りの紅茶をいれて、向かいのソファーに腰をおろした。 「退屈だろ?近所でも散歩してみるかい?」 「んー……いい。俺ここ、好きだもん」 祥悟は以前居た時と同じように、大きなクッションを両腕で抱え込んで寝そべり、ソファーと一体になっていた。その姿は、居心地のよい場所を見つけて寛ぐご機嫌な猫みたいだ。 「いつも忙しいからな、君は。たまにはそうやってのんびりするのも、いいかもね」 「……なあ、智也」 「ん?なんだい?」 「おまえさ、なんで俺のこと、避けてたのさ」 智也ははっとして、祥悟の顔を見た。祥悟はゆっくりとこちらを向き、無表情で見つめてくる。その瞳には何の感情の色も見えないが、智也はじっと目を合わせているのが苦しくて、微妙に目を逸らした。 「別に……避けてなんか」 「避けてたよな?俺が気づいてねえって思ってたわけ?」 祥悟の真っ直ぐな視線が目の端に突き刺さる。智也は抵抗を諦めて目を伏せると 「ごめん。避けていた…かもしれない」
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