第1章 舞い降りた君

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智也はそっと深呼吸すると、足音をたてないように、後ろに後ずさった。 少し離れた位置から、祥悟の姿を眺めてみる。 近いようで遠い存在だった憧れの祥悟が、自分の家で無防備にうたた寝してくれているなんて……ちょっと夢でも見てるみたいだ。 本当はもっと間近で見ていたいけれど、視線がうっとおしくて眠れないと可哀想だ。 智也は祥悟にくるりと背を向けると、何か掛けてやるものを探しに、忍び足でリビングから出て行った。 よほど睡眠不足だったのか、祥悟はその後2時間近く、目を覚まさなかった。智也が掛けてやったタオルケットに包まって、肘掛けを枕に完全に熟睡している。 せっかく家に来てくれたのに、話もせずに貴重な時間が過ぎていくのは、なんだか惜しい気もしたが、割と神経質そうな祥悟が、初めて来たこの部屋で、安心しきって眠ってくれるのはちょっと嬉しかったりする。 智也はほとんど自炊はしない。でも、そろそろ夕飯の時間だ。 ……デリバリーでピザでも頼もうかな。 智也はダイニングの椅子に座って、祥悟の寝顔を見つめながらしばらく悩んでいた。祥悟はあの調子だと、いつ目覚めるか分からない。 ……パスタなら、目が覚めてから茹でてもすぐ食べられるな。よし。下準備だけしとくか。 智也は立ち上がると、キッチンに向かった。さっき買ってきた袋の中身や、ストック品の棚の中をごそごそいじっていたら 「何やってんの?」 不意にすぐ後ろから声がして、智也は驚いて飛び上がり、棚の扉の角っこに、したたかに頭を打ち付けた。 「……いって~~~っ」 目から火花が飛び散った気がした。頭を押さえて蹲る智也の横に、祥悟が慌てて屈み込む。 「ドジ。すっげー音したじゃん。頭、穴開いたかもよ?」 あまりの痛みに悶絶している智也に、祥悟はそっと手を伸ばすと 「冷やす?傷になってんじゃねーの?ちょっと見せてよ」 そう言って心配そうに覗き込んでくる祥悟と目が合って、智也は涙目で苦笑した。 「だい……じょうぶ。少ししたら治まる、と、思う」 思わぬ失態を見せてしまって、照れ隠しもあって必死に痛みを堪えて笑ってみせたら、祥悟は何故か不機嫌な顔になり 「痩せ我慢、すんなよ。タオル、これ使うよ?」
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