第1章 舞い降りた君

33/38
前へ
/261ページ
次へ
祥悟は分かるような分からないような微妙な表情で、智也の顔を黙ってしばらく見おろしていたが 「それって、俺のこと、抱きたくなっちゃうって……こと?」 呟く祥悟の顔が、さっきとは打って変わって幼く、戸惑っているようだった。 ……やっぱり無自覚なのか……。 智也はふっ……と苦笑して、首を横に振り 「そこまでは言ってないよ。ただ、煽られ過ぎて、妙な気分にはなっちゃうかな。いじめて泣かせてみたくなる……みたいなね」 祥悟はふーんっと鼻を鳴らし 「それ、よく分かんねえし。ちょっとキスしただけじゃん」 ……ちょっとキス……ね……。 智也はがっくりと肩を落とすと、祥悟の頬にそっと手を当てて 「君、案外、自分の容姿に自覚ないんだな。あのね、祥悟くん。あの業界はその手の人間も多いんだよ。君が分かっててやってるならいいけど、もし無自覚なら、かなり強引にちょっかい掛けてくる輩も多いから、少し気をつけた方がいいよね」 うっかりその気になりかけた自分が、どの口で言うんだよと、智也は内心自分に突っ込みを入れていた。 祥悟はつまらなそうに鼻を鳴らして、智也の手を振りほどくと、膝の上から床に降りた。 離れていってしまう愛しい温もりに、未練がましく手を伸ばしかけ、智也はぐっと拳を握り締める。 「やっぱ智也ってお堅いよね。キスはめちゃくちゃ上手いのにさ」 智也は苦笑いして 「ありがとう。そうか、俺のキス、そんなに気に入ってくれたんだ?」 祥悟は元の場所にぽすんっと座り直すと、不貞腐れた顔で智也をちらっと見て 「はっ。嬉しそうな顔すんな。ちぇ~つっまんねーの」 ぶちぶち言いながら片脚を抱え込み、ぷいっとそっぽを向く祥悟の姿が可愛い。 妖しい呪縛から解放されて、智也はほっと胸を撫で下ろすと 「どうしてそんなに、エロいキスを教えて欲しいの?好きな女の子を落とす為かい?」 軽い口調で問い掛けると、祥悟はこちらを見て、思いがけずちょっと真剣な表情で 「好きな女なんか、いない」 ポツリと呟いた。 ……え……? 祥悟の言い方や口調に、いつもと違うニュアンスを感じて、ちょっとヒヤリとした。
/261ページ

最初のコメントを投稿しよう!

247人が本棚に入れています
本棚に追加