第1章 舞い降りた君

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せめて下でタクシーを拾うから、そこまでは送ると食い下がった智也に「おまえ、俺のママかよ」と笑いながら玄関先できっぱり拒絶して、祥悟はマンションを後にした。 智也はすごすごとリビングに戻って、祥悟が眠っていたソファーにどさっと腰をおろした。 「はぁ……」 思わず、深くて大きなため息が零れた。なんだかどっと疲れが押し寄せてくる。 「はは……緊張し過ぎだろう、俺」 智也は呟いて苦笑した。 どうやら自分は、思っていた以上に神経を使っていたらしい。まあ、憧れの子が突然家に来てくれたのだから、仕方ないが。 「うわぁ……参った……」 手で顔を押さえて俯いた。祥悟がいる間は必死にポーカーフェイスを維持していたが、もう限界だ。顔のにやけが止まらない。 「なんであんなに可愛いかな」 今日一日で急速接近出来た彼との記憶が、まるで映像を巻き戻すようによみがえってくる。 智也は、祥悟が抱えていたクッションを引き寄せ、ぎゅっと抱きしめてみた。 「やばかったよな……」 控え室での初めてのキスもだが、さっきここで交わした濃厚過ぎるキスが、脳裏に何度もリピートする。 妖しく誘う艶のある眼差し。魅入られてしまいそうな蠱惑的な微笑み。重なる唇の感触と熱。蕩け合う舌の甘さ。鼻から漏れる祥悟の微かな喘ぎ。まるで脳髄をかき回されるような刺激と快感。 「うわぁ……………」 押し寄せてくる記憶の洪水に、智也はクッションを抱き締めたまま、じたばたと身悶えた。 ……ダメだ。今夜は眠れそうにない。 さっきから独りで、なんだか妙に乙女ちっくなことをやっている自覚はある。祥悟の前ではずっと我慢していたから、きっとその反動が来ているのだ。 「祥……。祥……か……」 あの声で、「智也」と呼ばれる度、馬鹿みたいにドキドキしていた。聞き慣れたはずの自分の名前が、特別な意味を与えられたような気がして。 自分が、「祥」と呼ぶ度に、その名にも特別な想いが込められたらいいのに。
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