第2章 波にも磯にもつかぬ恋

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智也の指摘に祥悟は、しまったっという顔になり 「あ。そっか。俺、おまえに誰だか言ってなかったんだっけ。うん、うちのスタッフ。ってか俺の担当のスタイリスト。あ、これさ、他のヤツには内緒」 祥悟はそう言って、悪戯っぽく笑いながら、人差し指で唇を押さえた。 祥悟が言っている「彼女」とは、要するに、自分と寝てみないかと祥悟に誘いをかけている不届き者のことだ。 祥悟担当のスタイリスト……。 智也は思い当たる何人かの顔を思い浮かべてみた。 ……河辺さん……じゃないよな。あの人は既婚者だし、そういうことするタイプじゃない。藤埜さんも、違う。そうすると…… 「惟杏さん?」 「ん~……当たり」 祥悟はきゅっと唇の端をあげて笑った。その笑顔に胸の奥がツキン……と痛くなる。 ……なるほど……な。あの人か……。まあ、惟杏さんなら納得だ。あの人、面食いだし年下大好きだからな。 冷静にそんなことを考えつつ、じわじわと胸の痛みが広がっていく。 夜中にホテルの部屋で一緒に過ごしたということは、つまり……そういうことだろう。 まだ若いといっても、祥悟だって普通に健康な男の子なのだ。相手がよほど問題ありな人物ならば別だが、あの惟杏さんなら……多分、面倒な問題は起こさない。 智也はふぅ……っと息をつき、努力して微笑みながら、罪作りな天使の顔を覗き込んだ。 「それで? どうだったの?」 祥悟は自分のグラスに手を伸ばし、ウーロン茶をひと口飲むと 「智也に教わったキス、してみたよ」 ……いや。教えたつもり、ないんだけどな。 「あのヒト、普段はバリバリのキャリアウーマンじゃん? 仕事出来るし男っぽいしさ。だから、すっげーギャップだった。なんつーの?可愛いって感じでさ」 嬉しそうに話す祥悟の横顔を、智也は何とも言えない気分で見守っていた。 ……これ、俺は最後まで聞いてあげないとダメかな。正直、せつないぐらい、罰ゲームな気分なんだけど……。 祥悟と親しくなりたくて「兄貴がわりになってやる」と言ってしまったことを、智也は今更ながらに後悔していた。 ……まあ、でも本当に今更だ。ノンケの祥悟を好きになった時点で、こういうこともあるって分かってたわけだし。他の人には言わないこと、信頼して打ち明けてくれるってだけで、満足しなくちゃな……。
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