第一章 九州地獄めぐり

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第一章 九州地獄めぐり

 ジワジワと蝉の合唱が響き渡っていた。少々五月蠅くはあるが、蝉時雨は嫌いじゃない。いかにも夏が来たという感じがしてある種の風流ですらある。 上田柚貴(うえだゆずき)は蝉の合唱に耳を傾けた。 ふだん暮らしている東京にだって蝉はいる。だけど、これほど圧倒的な蝉の声はなかなか拝聴できない。  地獄の期末テストから漸く解放され訪れた長い夏休み。 高校一年生の柚貴は友人の飛鳥聖(あすかせい)佐倉武人(さくらたけひと)と一緒に九州へ旅行にやってきていた。 テスト前から計画していた二泊三日の旅行。初めての家族以外との旅行を柚貴はずっと楽しみにしていた。 まだかまだかと指折り数え、ようやくこの日を無事に迎えることができた。 空を仰ぐと、滲むような濃い青い色が一面に広がっている。天気にも恵まれ、ずいぶんと幸先のいいスタートだと心が躍る。 「いい天気で良かったな」 「天気が好過ぎんのも考えものだな。暑くてかなわねぇよ」 柚貴が嬉しそうに言ったのに対し、聖は手内輪で襟元をパタパタ仰ぎながら気だるそうな声を上げた。 声に反して、いつも大人びた聖の顔はキラキラと輝いている。 彼も柚貴と同様、この旅行をとても楽しみにしていたようだ。 「いいね、いいねぇ~。この世の地獄を巡るのには絶好の天気だね!」 武人が浮かれた声で言いながら、後ろから柚貴と聖に飛び付いた。 長身でガタイの良い武人に後ろから飛び付かれ、柚貴と聖はその重さでよろける。 「武人。はしゃぐのは良いけど、飛び付くのはやめろ。重いんだよ!」 「そう言わないでよ。スキンシップって大事だよ柚貴。聖もそう思うでしょ?」 「いや、柚貴の言う通りだぜ。重いし暑いんだよ、とっととどけ」 「二人ともヒドいな。夏なんだから暑くて当然だろ?」 「お前にくっつかれると暑さが五倍は増すんだよ。チビの柚貴がブっ潰れる前にさっさと離れろ」 「なっ、聖!ドサクサに紛れて俺をチビ扱いするなっ!失礼だぞ」 「オレ達三人の中じゃ一番チビだろうが。なあ、武人」 「ホントホント。ちっちゃくて可愛いよね~、柚貴」 「可愛いだと?ふざけるな、そんなこと言われてもまったく嬉しくないんだよ!」 キャッキャッとじゃれ合いながら、三人はバスを降りた。 今日の予定は別府にある、この世の八つの地獄巡りだ。ガイドブックであれこれ調べ、満場一致で行きたいと言った場所だ。
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