第11話 もう1人の幼馴染

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世間ではGWと言われている初日の今日、私は仏頂面をしている凌玖と一緒に、室井さんが運転する車に乗っていた。理由も、行き先すら私には分からない。ただ、昨晩急に凌玖から「明日から2泊3日で出かけるから準備をしておけ」と言われた。 そして、当の本人は朝からずっと不機嫌な表情を浮かべているため、話しかけることも気が引ける状態だった。 「あの~…これから何処に行くの…?」 私は意を決して隣りに座る凌玖へ声をかけると、凌玖はチラリと私へ一瞬視線を向け、大きな溜め息をついた。 「…パーティーの招待状が届いた」 面倒そうにしながらも、凌玖は説明を続けた。 「様々なファッションブランドを手掛けている辻森(つじもり)グループの80周年パーティーが明日開催され、その招待状が届いたんだ。今向かっている所はパーティー会場にもなっている辻森家の別荘の1つ」 「…それで、どうして私が一緒に向かっているの?」 「お前も招待されているからだよ」 「………えっ!?私も!?」 思いもよらない言葉に反応が遅れたものの、私は驚きの声を上げた。 「どうして私も招待されているの…?」 そう尋ねると凌玖は再び大きな溜め息をつき、「着いたら分かる」とだけ言って再び窓の外へと視線を向けた。 私はそれ以上尋ねる事も出来ず、凌玖とは反対側の窓へと視線を向け、流れていく景色を見つめていた。 しばらくすると、車は別荘と言うには勿体無い程の大きなお屋敷の前に止まった。 車を降りた私達はすぐに使用人の方にお屋敷の中へと案内された。 1つの部屋の扉を開けて中に促されると、そこには思いもよらない見知った人達の顔触れがあった。 「あ、かなちゃんとりっ君!いらっしゃい!」 そう声をかけてきたのは紫央君だった。 紫央君以外にも、椎名君と真翔君も部屋の中にある椅子に座っていた。 「いらっしゃいって…お前の家じゃねぇだろ、紫央」 この状況に驚いている私とは逆に、冷静に話をしている隣りの凌玖に目を向けた。 「…凌玖、みんながいる事知っていたの?」 「知ってはいなかったが…いるとは思っていたからな」 「まぁ、直接アイツから招待状が届いたら予想は付くよな」 凌玖の言葉に椎名君も同意しているようだが、私には意味が全く分からなかった。 「…ったく、パーティーだけ出ようと思っていたのに、急に前日から来いとか言いやがって…」 「あー、だからりっ君ご機嫌ナナメなの?」 紫央君の言葉に、凌玖は「うるせぇ」と小さく返すだけだった。 未だに私は状況が理解できないので、どういう事か尋ねようと口を開いた瞬間、扉の開く音が聞こえ、そちらへ視線を向ける。 そこに立っていたのは女の子だった。年齢は同い年か少し年上だろうか。黒髪のショートカットに大人びた綺麗な顔立ち。スラリとした体型からはモデルと言われても納得できてしまう程だ。 彼女は最初少し驚いたように目を見開いていたが、次第にその目には涙が溢れそうになっていた。 「…凌玖っ!」 そう叫ぶのとほぼ同時に彼女は駆け出し、凌玖へと抱きついた。 「え…?」 その光景に私は驚いてしまい、ただ立ち尽くして見ているだけだった。 抱きつかれた凌玖は最初こそ驚いた反応を示していたものの、すぐに大きな溜め息をついた。 「…急に抱きつくなよ、香里奈(かりな)」 凌玖の口調は面倒そうだったが、彼女の事を無理矢理引き離そうとはせず、泣いているのか肩を震わせている彼女を宥めるかのように優しく背中を撫でていた。 「…ごめん、会えたのが嬉しくてつい…。ただいま、凌玖!」 顔を上げた彼女の目には少しだけ涙がまだ浮かんでいたが、笑顔を凌玖へと向けた。 「恭介、紫央、真翔も久しぶり!」 彼女はそう言うと、今度は椎名君、紫央君、真翔君にも順番に凌玖同様にしたハグを交わした。 「変わらねぇな、辻森は」 「ちょっと、恭介!そこは紳士だったら“綺麗になったね”って言うべきでしょ!」 「そうそう。“久しぶりに会った君が眩しすぎて目が離せなくなった”くらいの言葉は言ってあげないと」 「…流石にそれは言われても寒いだけだわ、真翔」 「大丈夫!香里ちゃんは今も昔も可愛いから!」 「ありがとう、紫央!そう言ってくれるのは紫央だけだよぉ~!」 今だ1人だけこの状況を理解できていない私はどうしていいかも分からず、ただ呆然と眺めているだけだった。 「あ、もしかして…あなたが奏ちゃん?」 「え?あ、はい」 急に彼女から名前を呼ばれた事への驚きと、どうして私の事を知っているのかという疑問を持ちつつも私が返事を返すと、彼女は嬉しそうにこちらへと近付いて来た。 「私は辻森香里奈。よろしく!」 自己紹介をされて向けられた彼女の笑顔は大人びた顔立ちとは反対にとても可愛らしく、人を魅了する力があった。 「今回のパーティーに奏ちゃんを招待したのは私なの!あなたと話してみたかったから!」 「…あの、どうして私の事…」 「あなたの事は紫央や恭介から聞いたの。凌玖と一緒に住む事になった女の子!どんな子なのか興味が出てね。あ、ちなみに、私も小学校までは柊木野学園に通っていたの。小学校卒業後はパパの仕事の関係で、今までずっとパリにいて、今回久しぶりに日本に帰ってきたんだ!だからみんなと会うのも久しぶりだし、今回はみんなにパーティー前日から来てもらって、ゆっくりお話しようと思ったの!もちろん、奏ちゃんとも話したかったしね!」 そう言うと、辻森さんは「これからよろしくね、奏ちゃん!」と言いながら明るい笑顔を向けてきた。 その後、私達は今回泊まらせてもらう部屋へと案内された。 1人1部屋ずつ使わせてもらえるのだが、案内された部屋は1人で使うには広すぎる程の大きな部屋だった。別荘と言われていたからもう少し簡素な部屋を想像していたのだが、家具や浴槽など備わっている物全てがまるで高級ホテルを連想させるかのようだった。正面には大きな窓とテラスがあり、そこからは青い海が一望できた。ゆっくりと窓を開けてみると、心地よい風が髪を撫で、潮の匂いを運んでくる。微かに聞こえる波の音に耳を傾けていると、心が癒されるようだ。 そんな非日常的な空間に少しだけ浸っていると、扉をノックする音が聞こえた。 「はい…」 返事をしつつ扉を開けてみると、そこには辻森さんが立っていた。 「突然ごめんね。少し入って話せないかな…?」 「は、はい…どうぞ…」 急な訪問に驚きつつも、私は彼女を部屋の中へ招き入れた。 辻森さんは部屋に入ると、「座ってゆっくり話そう」と言って窓際にあるソファへと腰を下ろした。 私もとりあえず辻森さんの向かい側にあるソファへ座ると、辻森さんが笑顔で話しかけてきた。 「部屋、気に入ってくれた?何か足りない物とかあったら用意させるけど」 「いえ、そんな…!十分です…」 「…あのさ、私達同い年なのにどうして敬語なの?」 「あ、ごめんなさい…。年齢とか聞いてなかったから、年上かと思って…」 凌玖達と仲良くしていた様子を見ると同い年かとも思っていたが、彼女の大人びた雰囲気のせいもあり、つい敬語で話をしてしまっていた。 「…なるほど。老けて見られたってわけね」 「違っ…!そうじゃなくて…」 「アハハ!ごめんごめん!冗談だからそんなに慌てないで。でもせっかくだから、普通に話してくれると私は嬉しいな!」 そう言って笑う彼女の笑顔は可愛らしく、大人びた雰囲気とは逆に年相応に感じる。 「奏って呼んで良いかな?私の事は香里奈で良いから」 「う、うん…」 「ありがとう!」 半分彼女の勢いに乗せられて頷いてしまったが、屈託なく笑う香里奈ちゃんを見ると、こちらもつい笑顔になってしまう。 「…実はね、私も知っているんだ。凌玖の過去の事」 「え…?」 「凌玖と紫央と恭介と私の4人は幼い頃から顔見知りで、よく一緒に遊んでいたの。幼馴染ってやつだね」 「…そう、だったんだ…」 先程仲良さそうに話していた光景が思い出され、香里奈ちゃんの言葉に納得した。 「でも、私は凌玖から逃げたの…」 「…逃げた…?」 その言葉に香里奈ちゃんを見ると、彼女は窓の外へ視線を向けていた。 まるで、昔を思い出しているかのように、どこか遠くを見つめているようだった。 「凌玖が辛い時に私は何も出来なくて…。そんな無力な自分が嫌で、変わっていく凌玖を見ているのに耐える事も出来なくなって…。そんな時、パパの仕事の都合でパリへ行く事になって、正直ホッとした自分がいた。凌玖から離れればもう凌玖の事で悩む事は無いって思っていた。でも…私の中には後悔ばかりが残って…余計苦しかった…。その時、紫央と恭介から連絡が来たの。凌玖は奏が救ってくれたって…。本当に、ありがとう…!」 真っ直ぐ見つめられた香里奈ちゃんの瞳には、少しだけ涙が溢れているように揺らいで見えた。 「話を聞いていたら会ってみたいと思って、今回招待させてもらったの。急な話で迷惑だったよね…」 「迷惑なんて、そんな事ないよ!」 力一杯否定をする私の姿が可笑しかったのか、香里奈ちゃんは小さく吹き出すように笑った。 「聞いていた通り、奏は本当に良い子だね。安心した。私ね、GW明けたら柊木野学園に戻るんだ。だから、これからも仲良くしてくれると嬉しいな!」 「う、うん!こちらこそ!」 そう言って、私達は笑顔で握手を交わした。 凌玖と一緒に暮らしている事もあり、転校当初から女の子の友達を作る事が出来なかった。それが少しだけ寂しくもあったが、今回初めて女の子の友達が出来た事がとても嬉し感じた。
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