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『今朝、一生懸命お世話をしていた鉢植えに初めて蕾がついたの。きっともうすぐ咲くわ。とっても楽しみ!』
『今日はここに来る途中に、迷子の子供がいてね。お母さんを探していたら遅くなっちゃったの。ごめんね』
『この本、友達に教えて貰って読んでみたら、すっごく素敵な話だったの。だから、貴方にも貸してあげる!』
毎日毎日。僕は彼女が楽しそうに話をするのを、幸せな気持ちで聞いていた。
「本当に楽しかったよ。ありがとう。……でも、それも今日でおわりなんだ」
顔を窓の方に向ける。窓の直ぐ外には彼女が何時も座っていたベンチがある筈だけれども、ベッドに寝たままの姿勢だと、見えなかった。
僕が病室で寝たきりになって、もう1年がたつ。
治らない事は、分かっていた。
だから、残りの人生を穏やかに空を眺めて過ごそうと思っていた。
それなのに。
突然視界に入ってきた彼女は、僕の日常をあっさりと塗り替えてしまったんだ。
「でも、それも今日でおしまい」
彼女は、『又、明日ね』と言った。
僕は『うん。又、明日』と答えた。
「でもね。僕に明日は無いんだ」
小さく呟いて僕は暮れはじめた空を見上げた。
先程までは茜色だった空は、今はもう日も沈み切って、闇色に染まりはじめていた。
その空の向こう。
遠い空の向こうには、肉眼では見えない程小さく微かに光る星が一つある……いや、あったのだ……数億光年前には。
「でも、その光が届くのも今日でおしまい。だって、星は遥か昔、数億光年前にもう消滅してしまったんだから」
名もない星は、数億光年前の最後の光を地球に届けて、そしてもうすぐ消滅する。
「そして僕も消える」
だから、僕に明日は無い。
「嘘ついちゃって、ごめんね」
でも、君と出会えて、沢山おしゃべりをして、楽しかったんだ。
だから……。
「ありがとう」
そう呟いた。
そして、少年は消えた。
何の痕跡も残さず……光が消えるかのように……。
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