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「ごめんね。トモ君」
病院で意識を取り戻した涼子はまだ血の気のない真っ白の顔で弱弱しく謝った。
「馬鹿やろう!何考えているんだ!」
そう喉から出そうになる言葉を飲み込んで俺はつとめて冷静に涼子に声をかけた。
「とにかく休め。何も考えるな」
涼子は手首を切ったことによる大量出血が原因で倒れた。医者は涼子にカウンセリングを勧めた。
涼子が倒れた原因は手首の傷のせいだったため傷がふさがればすぐに涼子は退院できた。しかしその後も涼子は定期的に通院することになった。
心の病。涼子のこの精神不安定は、涼子の心の病のせいだ。医者はそう診断した。
涼子は病院から抗鬱剤の薬をもらった。
それにより突然ひどく落ち込むことはなくなったようだが、代わりに薬は強い眠気をもたらす作用があるらしく俺が家を訪ねると涼子は寝ているということがたびたびあるようになった。
涼子が寝ているときは俺は家には上がらずにすぐに帰る。
涼子が寝ていると聞くと少なからずほっとしている自分がいた。これで今週は涼子に会わなくてすむ。そう思っている自分に驚き、しかし仕方がないとも思った。
涼子がこうなったせいで俺は休みの大半を涼子に費やしている。
20代前半の俺には若いからこそやりたいことがたくさんある。それを全て我慢して俺は涼子に会いに行っている。
風の噂で涼子の病気のことを知った友人が俺に言った。
「もう中原さんとは別れなよ」
「他にいい女がいるだろう」
「中原と別れても誰もお前を悪く言わない」
心の病にかかった涼子と付き合うことは大変なことだ。
それは認める。
けれど別れようとは思わなかった。なぜなら、それは俺自身が涼子を放っておくことを許さないからだ。
今の涼子の心の内は俺にはまるで分からない。
でも涼子と一緒にいるとふいに付き合い始めた頃の涼子の笑顔がひょっこり顔を出すことがある。涼子は心の病になったけれど、それでも涼子は涼子のままなのだ。
俺は涼子が好きだ。涼子とずっと一緒にいたい。
だからどんなに涼子のことが分からなくても、俺は涼子のそばにいようと思う。
たとえそれが涼子にとって何にもならなくても。
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