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「それ、やめなよ」
ある日俺は思い切って彼女に傷について言及した。
「うーん……」
彼女は自分の手首に目を落とし、赤い毛糸を貼り付けたような無数の傷を愛おしそうになでた。
「それは無理よ」
「どうして?涼子、自分の体を傷つけて何になるっていうんだ。自分の体は大事にしないと」
「だってね」
彼女は心底困ったように眉をさげた。
「傷つけるときのことってほとんど覚えていないの。でも、血が流れているのを見てひどくほっとしている自分が確かにいるの。手首から血が流れるのを見て、ああ自分は生きているのだって安心できるの。だからね」
傷から顔をあげ涼子は俺に明るく笑いかけた。
「やめることはできないのよ」
穏やかだが力のある言い方だった。とても嘘をついているようには見えない。きっとこれが涼子の本心なのだろう。
俺には彼女の心理がまったく理解できなかった。傷つけて安心できるなんて意味がわからない。
けれどひとつだけ分かったことがある。
涼子は自分を傷つけることで心の安定を得ているのだ。それが分かった今、むやみに彼女が腕を傷つけるのを止めることはできなかった。傷つけることを強制的にやめさせればそれこそ彼女がますます心を悩ます原因になる。
俺にできることは傷ついた腕に薬を塗ってやること、そして彼女に言ってきかせることだった。
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