2人が本棚に入れています
本棚に追加
「涼子、綺麗な肌を傷つけるのはよくない」
「だって、落ち着くのだもの」
彼女が作った傷に薬を塗ることを彼女は特に嫌がりもしなかった。
きっと傷を見ることで気持ちを落ち着かせているのではなくて、傷つけその傷から流れる血を見ることが彼女にとって大事なのだろう。
少しずつ、やめさせていくしかない。これはきっと心の問題なのだから。
けれど彼女の自傷行為は日に日にエスカレートしていった。そして、それは突発的に、なんの前ぶれもなく起こる。
「ごめん……ちょっと……」
二人で出かけていたとき、突然涼子が青い顔をして俺の袖を強く引いた。
顔色が悪く呼吸が荒い。とても苦しそうに胸を押さえる涼子を見て俺は慌てた。
「大丈夫か?」
あまりの顔色の悪さに俺は救急車を呼ぼうと携帯に手を伸ばした。
それを涼子が止めた。
「ごめん。あの……少し、待っていて」
苦しげに顔を歪ませてそういい残すと、涼子は女子トイレに駆け込んだ。俺はどうしたらいいのか分からず途方に暮れ、ひとりトイレの前で待っていた。
数分後、トイレから出てきた涼子の顔は先ほどまでの顔色の悪さが嘘のように晴れやかだった。
「ごめんね。トモ君」
「お前、もう大丈夫なのか?」
「うんもう平気」
そう言って笑う涼子は本当に大丈夫そうだった。
「そっか。なら行くか」
おそらく、吐いてすっきりしたのだろう。そう思い、涼子と並んで歩き出した俺はあるものが目にとまり息を呑んだ。
隣を歩く涼子の服の袖に赤い染みがついている。こんな染み、さっきまではなかった。
これは血だ。涼子はトイレで自分の腕を傷つけて心を安定させたのだ。
そう気がついたとたん俺は急に冷水を浴びせられたような心地になった。
俺の隣で何事もなかったかのように笑う涼子。
涼子の心が壊れていくさまを今この目で見たような、そんな気がした。
最初のコメントを投稿しよう!