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後は呆気なかった。
送ると言い張る渡辺の申し出を断り、再度「私は大丈夫。克服しているから」と告げて二宮は毅然とした態度で去って行ったのだ。
呆然と成す術なく傍観者と成り果てていた来栖は、通り過ぎる際に軽い会釈をして行った姿を強く瞼に焼き付けられた。何者も頼りにしようとしない悲壮な表情。
「どうして彼女は、子供を」
未だ日の長い時期。その終わりを告げる赤い夕闇の中で来栖は渡辺に尋ねた。
「襲われた。望んでもねえ妊娠して噂広がって学校も変わってさ、こっちに来て高校で再会した時は驚いたよ」
ぶっきら棒な呟きに混じる苛立ち。来栖はそれを軽々しく肯定も否定も出来ないで黙り込む。
「平気な振りしてんのが信じらんねえ」
夕焼けに目を細め、遣り切れないと吐かれる溜息には悲しみが滲む。
「大抵の奴は悲劇の主人公を簡単に演じちまう。そうすれば自分が被害者で悪くないって面して生きていけるからな。加藤達もそうしたんだろ、そこに正論は要らねえってさ」
だとしたら、上手な嘘は大人に成る為の必要悪なのだろうか。
二人は、口をつぐんで沈んで行く夕日を眺めた。
何時から人は、子供でなくなって行くのだろうと考えながら。
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