マニフェスト

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 矢代モト子。通称『モコ』。  生まれは平成三十年。記者歴は十年。 成人五年目の三十歳。今年やっと世間一般的な結婚適齢期に入ったばかりの若手。  もともと平成時代の終わりぐらいから流行りはじめた文芸投稿サイトに小説やエッセイを公開し、それが評価されるうちに大学を卒業。同時に電子雑誌の記者になった。  最初はアニメや漫画の話題を専門に扱う部署にいて、モコの記名で読者に人気だったのだが、最近は政治を扱う取材も任されるようになり、ああ。私も大人になったよなあ……なんて、自分でへにゃりと照れ笑いしてしまうのが彼女だった。 「えー。このようにですね。私は血食人種による社会貢献と自立に力を尽くしたいと考えております。どうか、有権者の皆さま。いや、これから参政権を得る若者のみんなにも共に生きていく復興人類の仲間として誰もが笑顔で明日を迎えられる。そういう政治が実現するようご協力をお願いいたします!」  おお。なんと優しい遊説ではないか。  愚痴らない。対立候補を中傷しない。奈良の政府を過剰に批判しない。  こうした紳士的な態度が先の若年層や壮年層に人気が集中する理由なのだろう。  拍手と声援の中、深々と一礼するムラサキ候補に、いつしかモコも拍手を贈っていた。  頭をあげて笑顔を見せるとムラサキ氏は二段に詰んだビールケースの演台から三十センチほど空中に浮遊してフワリと地面に降りて聴衆に手を振って見せる。  実にさりげなくヴァンパイアの特技を見せるあたりも好感度upだった。  これが国政を左右する首相選挙であったとしても彼は人気をはくしただろう。  モトコは、それがちょっぴり残念ではあった。  -------んーー。ムラサキさんが総理大臣になったら、世の中、少しは変わるんだろうに。  眉を寄せて苦笑しつつ、モトコは、小さなため息をついた。
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