マニフェスト

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 それが六十五歳の決心とかで配役を次世代の声優に譲り政治の道に踏み出したムラサキ氏。だが、声優業を引退した訳ではなく、今も海外アニメの吹替えで間抜けな犬の役などをこなす兼業政治家だ。ただ、その話を振ると「本名がケンギョウだからねー!」と、今まで百回は聞いた痒いジョークを言い出すので、モトコは、あえて、話題をかえた。 「それで、いかがですか? ご自身的に手ごたえは」 「うーん。そうねえ。悪くはないけど、良くもないかな。ほら、僕のスピーチって毒気がないでしょ? もっと票を伸ばしたいなら人々の批判や不満の代弁者をアピールした方がいいというのは解っちゃいるんだけどね。ヴァンパイアとして以前に、人類として、出来もしないマニフェストはすべきではないって思っちゃうんだよな。他人を貶めて得る人気。そんなのを良いと思う人たちが選ぶ代表が行う政治は、結局、差別の政治にしかならないもんだぜ。……あ。イカン。言葉遣いが乱暴だった。ごめんね、モコちゃん」 最初は苦笑しながら、最後は大真面目な表情で話を結ぶ。昔から変わらないケンさんがそこにいた。 軽く頭を下げて合掌してみせるムラサキ氏に、モトコは、……クスっと笑ってしまう。 嘘が嫌いで気前は良く、昔気質の吸血鬼が古い時代から女性にモテた理由が、若いモトコにも何となく理解できた。 「そうそう。しばらくぶりだし立ち話もなんだから、選挙事務所に寄っていってよ。すぐ近くだし」 「あ。ハイ」     
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