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プロローグ 魔神狩りの勇者達
騙し、喰らい、脅かす。
人に仇なし文明すらも停滞させる様々な魔性。
魔物や悪魔と呼ばれし存在。
中でも人の手に余る魔性はいつしか、『魔神』の呼び名を冠せられた。
ここはある遺跡の地下迷宮。
そこに住み着いた魔神を討伐するため、一組の冒険者達が訪れている。
迷宮の深部では、人の数倍もの体躯を持つ巨大ムカデと一人の男が向かい合っていた。
「なんで俺が一番乗りかなぁ? まあいいや……。こいつが人食いムカデ……。ここの親玉か。いよっし覚悟しな! 俺が一人で仕留めてやる!」
黒いマントに黒い衣装。
赤みの掛かった黒髪の少年が威勢良く手の平に炎を灯す。
名をカイラディア。異質な力を持ち、魔王の子と蔑まれし異端児。
カイラディアは炎を掲げたまま駆け、巨大ムカデの腹部に手をかざした。
「吹っ飛びやがれ!」
炎はうねり、爆音を上げて破裂する。
ムカデの一部をふき飛ばし、カイラディアは勝ち誇った表情を浮かべた。
だが噴煙晴れぬ隙間より放たれたムカデの胴部により、カイラディアの身体ははね飛ばされる。
「あいって~! しぶといヤロウだな!」
「何をやってるんだカイラ! 下手な攻撃は逆効果だぞ!」
壁に叩き付けられ悪態をつくカイラディア。
黒いローブを着た華奢な少女がその短絡的な行動を叱責する。
彼をカイラの愛称で呼ぶのは、セミロングの黒髪で真剣な顔付きをした少女。
名をルーア。禁呪により千年の時を生きると唄われし呪われた魔女。
「うるせぇな。じゃ、おまえがやってみろよ」
「言われるまでもない! 巻け大気よ! 《エアロキャリバー》!」
ふて腐れたカイラのぼやきを受け、ルーアは一冊の本を開いた。
ルーアの紡いだ言の葉に本から洩れ出た光が応え、集まった大気が風の鎌を作り出して巨大ムカデに襲い掛かる。
風の刃はムカデの足を数本千切り飛ばし、それによりムカデは鋭敏に暴れ始めた。
「ほぼ効いてねぇぞ~。逆効果なんじゃねぇの~? ていうか敵あっち。どこ向いてんだおまえ?」
「あああぁぁうぅぅ……。気持ち悪いぃ! あんなの直視出来るわけないじゃないか……。うわ~ん! 怖い~!」
寝転がってつまらなそうに呟くカイラ。
ルーアは終始目を瞑り、時折薄目を開いては視界に入るムカデの姿に怯えていた。
真面目な表情は一瞬で露と消え、口をワナワナ震わせながら泣き始めている。
「カイラくん、ルーアちゃん! 下がって!」
そこに透き通るような少女の声が響く。
短めの白いローブを羽織り、動きやすい丈の短いスカートを履いた少女。
名をハミュウェル。魔を払う退魔神官にして、過酷な運命を背負う者。
少女は美しい金色のツインテールを揺らし、拳を構えた。
「僕の渾身の一撃……。くらえ! はみるぱ~んち!」
大地を蹴り飛び上がるハミュウェル。
緩い口調とは裏腹に、暴れるムカデの中心を的確に捉え、その拳を突き立てた。
弾丸のような少女の拳撃により、ムカデの巨体は壁面に衝突。
ピクピクと多数の足を動かしながらもその動きを止める。
「うーん。硬いねぇ……。お手て痛いよ」
「十分じゃね? どんな身体能力だよ退魔神官……。つーかハミル! 先行してたくせに今来たのかよ!」
「そんなことよりおまえ達……。よくあんなのに近付けるな……。私には無理だ」
あれほどの巨体を殴り飛ばしたというのに、手首をプラプラと揺らすだけのハミュウェル。
ハミルの愛称を口にするカイラは常識外れの攻撃力に呆れたように呟く。
が、すぐにパーティ分断の原因を作ったハミルに文句を言い始めた。
ルーアは恐怖に震える身体を両手で押さえたまま、二名の図太さに感心にも似た感情を吐露する。
「えへへぇ、ごめんね~。みんな着いて来てると思って……」
「早過ぎて着いて行けねぇんだよ! 入れ違いにならないようにワーズとガードランスは入り口に待機させてんだぞ?」
「ま、まあまあ、落ち着け。ともかく無事で何よりだ」
申し訳なさそうに頭を掻き謝るハミル。
カイラはここぞとばかりに文句を言い続け、ルーアはそれを宥めた。
のんびりと会話を始めてしまった三名。
いつの間にか再び活動を開始していた巨大ムカデの体躯が、彼女らを取り囲んでいた。
ギチギチと多足がうごめき、獲物を捉えんとばかりに頭部を直立させている。
「へへ、囲まれたか……」
「笑い事じゃない! どうするんだ!」
カイラは窮地を楽しむかのように薄ら笑いを浮かべ、ルーアは慌てたようにハミルにしがみ付く。
ぐるぐると回りながら、確実にムカデの囲いは狭まっていった。
巨大ムカデが更に頭部を天に伸ばし、カイラ達に襲い掛かろうとしたその時。
突如ムカデの体は頭部から真っ二つに裂け、開くように地面に倒れ付す。
周囲を取り囲んでいたムカデの身体もその活動を停止した。
「仕留め切るまで油断するな! それと俺を置いてくな!」
ムカデが裂け落ちたその場に居たのは青髪の少年。
青く光る美しい刀身を持つ剣を握り、勇ましく佇んでいた。
その名はシリル。幼い顔立ちながら凛々しい表情。
伝説の神剣に選ばれし若き剣士。
「おお~。やっぱスゲーなその神剣」
「た、助かった……。さすがは音に聞こえし水竜の剣、ヴァルヴェールだな」
「カッコ良くて強いよね。その剣」
「ちょっとで良いから……、俺も誉めてくれないかな?」
魔神を滅ぼした事をカイラ、ルーア、ハミルは順々に称賛した。
シリルは自分自身が全く誉められてない事を、震えた声で嘆き悲しんでいる。
「あはは、冗談だよ。シリルくんカッコ良かったよ?」
「持ち主あっての成果だ。誇って良いと思うぞぅお!? まだ動いてるぅ!」
その場で座り込み、壁に向かって足を組んでいじけるシリル。
その背後からハミルは慰めの言葉を掛ける。
ルーアも改めて功績を称えようとしたが、死してなおうごめくムカデに体を強張らせた。
「そりゃ虫なんだからしばらく動くだろ? 良いから帰ろうぜ。ワーズとガードランスが拗ねちまう。迷子も見つかったしな~」
興味なさげなカイラは早々に足取りを外に向ける。
一方ムカデの残骸に囲まれて怯えるルーアはハミルにしがみ付いたまま、その胸に顔を埋めてメソメソと泣いていた。
「ほらほらルーアちゃん。泣かないの」
「う、うぐ……。そんなぁ……。背丈変わらないのに……、またおっきくなってるぅ~」
「悲しむ理由変わってないか?」
ハミルとルーアのコントに呆れたシリルが立ち上がる。
シリルとハミルは目も開けられないルーアを介護しつつ、カイラの後を追いながらゆっくりと出口に向かった。
「うう……。足元ブニブニしてるぅ……。う? どうしたハミル?」
「なんだか……。遠い向こう……。不思議な気配がする。凄く、凄く懐かしい感じ……」
「やめてくれよ。おまえがんな事言うとろくな事がない」
「そう言うなよ。ハミルの直感にはいつも助けられてるだろ。まあ、九割くらいは酷い目に会うけど……」
ムカデの死骸を踏み越え、ルーアは急に立ち止まったハミルに問い掛ける。
あらぬ方向を指差し、ハミルから発せられた言葉はなんとも要領を得ないもの。
しかしカイラもシリルも、その言葉に疑い無く何を感じ取った。
「ここから向こうの方角といえば……。アーセルム領土か?」
「うへぇ……。絶対行きたくねぇ。俺あそこの王子嫌い」
「俺もまあ……、苦手だけど……」
「あはは、そんな気がしただけだよ。気にしないで」
まだ半泣きのルーアが考察を示し、カイラはその予想に顔をしかめて難色を示す。
心底嫌そうなカイラの様子に、空笑いを浮かべるシリルとハミル。
舞台はここより離れたアーセルム王国より幕を上げる。
これは、運命に翻弄されし彼らを取り巻く宿業。
かつての、そして新しき勇者達の英雄譚。厄災の魔神達による宴。
それらの渦中にフワッと投げ込まれた……
一人の青年の物語である。
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