一話  猫とお散歩

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一話  猫とお散歩

 その日、その時、その瞬間。  分岐点というものは唐突にやってくる。  何が起きても後悔はない。  違う道を進んだ先が幸福とは限らないからだ。  これが私の持論である。  もしも身に降りかかる災いを避けられたとしても……  次の瞬間死に絶える可能性もある。  けしていつも行動選択を間違えてる言い訳などではない。  私の名はフレム・アソルテ。  今現在巨大な獣にくわえられ、猛スピードで森をお散歩中である。  滅多に出来る体験ではない。  楽しいと思うことにしよう。  大丈夫だ、まだ生きている。  希望を捨ててはいけないのだ。  何故こんな事になっているのか……  事の起こりは一時間程前に遡る。  ーーーーーーーーーー  今日は休日で昼まで惰眠を貪り、お腹が空いたので昼食を取るため外に出た。  聡明なる賢王の下、平和そのものであるアーセルム王国。  その片田舎で俺は、日用品や家財道具などを製造販売してひっそり暮らしていた。  両親もすでに亡くし、とりわけ得意なものもない。  十五年程前の幼いあの日。行き場を失くしてこの町の近くで倒れていた俺。  そんな俺が路頭に迷わなかったのもこの国の政治体制、友人や知人に恵まれていたお陰だろう。  全くもって幸せな話である。  日の光を浴びて背伸びをしながら、そんな事を考えていた俺に話しかけて来る者が居た。 「おそようフレム、今暇?」  素敵な笑顔で呆れたように嫌味を言う者。  ポニーテールにした栗色の髪は肩越しの長さ、服装は高価そうだがけっしてオシャレな感じではない女性。  幼なじみのイリスである。  この国の下級貴族の一人娘で見た目こそ綺麗な女だが慎ましさ等微塵もなく、親の目を盗んで遺跡荒らし紛いの事をしたり、魔物の討伐組合に入ったりする猛者である。  この間も大ネズミや豚の顔をした魔物を討伐して来たと自慢された。 「眠いしお腹空いたから後にして下さい」  どうせ厄介事だろうと、俺は丁重にお断りをした。  だがイリスはこちらの言葉を無視して捲し立てるように発言する。 「暇ならちょっと付き合ってよ。ギルドから魔物の討伐依頼を受けて来たんだ。ちょっとした……二メートルくらいの魔物だよ?」  イリスからしたら驚く程の事はないのだろう。  俺にとってはその大きさはもう化け物以外の何者でもない。  何でも町外れの森に現れた魔物らしい。  被害等は出ていないが、度々森の入口に現れる光る眼光に近隣住民は恐怖を感じているようだ。 「それ見つかったら俺がイリスのお父さんに殺される案件だけど? そもそも俺は何の役にも立たないだろう?」  ただでさえ何故かイリスのお父さんには毛嫌いされているのに……  へたすりゃ俺がイリスを連れ出した事にされて罰せられかねない。 「大丈夫だって、見ててくれれば良いからさ!」  ニコニコと嬉しそうなイリス。  なるほど……、ただの腕自慢か。  冗談ではないぞ?  そんな事で命を危険にさらせるか。  俺は軽く笑顔を返し、その場から逃げるためイリスに背を向けた。 「付き合ってくれたら昼食奢るよ?」  背に掛かる魅力的な言葉にクルリと踵を返した俺。  これが大きな間違いだった事に気付くのに、さして時間は掛からなかった……  ーーーーーーーーーー  盛大にはぐれた……  森に入って数分と立たず豪傑さんとはぐれてしまった。  自分の方向感覚のなさを失念していたようだ。  だからいつも周りには忠告していたのだ。  俺から片時も目を離すなと……  そもそも確実に迷うから森には近づかないようにしていたのに……  幼なじみのくせに気の効かないやつである。  森に到達した時点で俺の疲労と空腹は限界に達していた。  ついでに睡魔まで襲い掛かって来たではないか。  昼飯代をけちるんじゃなかった……  本来なら今頃休日最大のイベントである二度寝の真っ最中のはずなのに……  とにかく早くイリスに見つけてもらわないと……  このままでは疲労で倒れた上に餓死である。  それに万が一俺が魔物に出会ってしまったら問題だ。  イリスの話しによると魔物は全長二メートルを越える狂暴な二足歩行の魔獣らしい。  そんなものに出くわしたら即座に死を覚悟するが……  恐らく話を盛っているのだろう。  きっと犬猫くらいの大きさの魔物だ。  大袈裟なのだイリスは。でなければ俺が困る。 「そう、ちょうどあんな感じの愛らしい猫ちゃんくらいだ」  少し離れた所に気持ち目玉が大きめな幅の広い三毛猫が居た。  強いてもう少し違いを言うなら藁の籠のようなものを背負い、二足歩行をしている事くらいか……  ……まさか魔物ってあれだろうか?  とてもではないがあんな愛らしい生物が討伐されるところなど見たくない。  俺はその魔物を森の奥に逃がす為、心を鬼にして最大限威嚇しながら近づいて行く。 「ほらほら~、ここは危険だよ~? 狂暴な悪魔がキミを狩りにやって……き……て?」  狂暴な笑顔で近付く俺は距離が近づくに連れ、不思議な感覚を覚えていた。  思ってたより猫ちゃんとの距離が遠いのである。  というより思ったより大きいのである、この猫ちゃん……  遠近法というのは偉大なものだな。  およそ全長にして三メートル近くであろうか。  体感だが聞いてた予想より大きい。  座ったような愛らしい猫立ちなので、ミョンと伸ばしてやればもっと大きいだろう。  ……というか俺死んだ。 「なぁ~~~ぅ~~~!」  はい死んだ! 勝てる訳がない!  興奮したように鳴く巨大猫は直立不動で硬直している俺を躊躇なく咥え、猛スピードで森の奥に進んで行った。  そんな感じで現在俺は風になっている。  とても雑なくわえ方で歯が色々食い込んでいる上に猛スピードで樹の枝や葉に当たり、痛みで段々気持ちよくなって来たところで掠れ行く意識の中……  俺の人生は幸せだったんだ……  そう思うことにしようと自らに言い聞かせていた。
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