八話  砂漠の町

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八話  砂漠の町

 貴女はいつも笑ってますの。  貴女はいつも楽しそう。  羨ましいですわ。  それは面白いのですか?  楽しいのですか?  でも笑っているのは貴女だけ。  楽しそうなのは貴女だけ。  何故、他の方は泣いているのですか?  何故、他の方はお辛そうなのですか?  やっとわたくしに語りかけてくださいましたの。  わたくしの名はシトリーと言うのですね?  貴女が教えて下さいましたの。  貴女はいつも嬉しそう。  わたくしも交ぜてくださいな。  どうして貴女は泣いているのですか?  どうして貴女はお辛そうなのですか?  どうして貴女は怯えて居られるの?  貴女がいつもしている事ですのに……  こうして刺したら良いのですよね?  こうして啜れば良いのですよね?  こうして裂けば良いのですよね?  どうして貴女は答えて下さらないの?  どうして貴女は動きませんの?  あら? 貴方はわたくしに教えてくださいますの?  ありがとうとはなんですの?  美しいとはなんですの?  愛とはなんですの?  楽しいですわ。  嬉しいですの。  もっと教えてくださいまし。  いつまでもお待ちしてますの。  どうして貴方は変わって行くのですか?  どうしてわたくしは変わりませんの?  別れとはなんですの?  永遠とはなんですの?  どうしていらしてくださいませんの?  わたくしだけではつまりませんの……  あら……、ここはとても楽しそう。  わたくしも交ぜてくださいな。  ーーーーーーーーーー  アーセルムより西方、国境を越えた先のフィルセリア共和国領土にある古城。  その入口に立ち、表情を曇らせる少女。 「ここがかつてヴァンパイアクイーンが住み処にしていた城か……」  年の頃なら十六、七。  黒髪に黒いローブ、黒いマントを羽織った少女が大きな狼のような魔物を連れ、古城の調査に来ていた。  名をルーア・ルーグ。  転生の秘術を使い、千年を生きると言われる魔道士である。  彼女が三百年放置されていた古城を訪れたのには訳があった。  隣の国、アーセルムに突如魔神が現れたという噂。  その配下の特徴に少し気掛りな点があったのだ。  人心を操作する女魔神が居たという情報である。  かつてここを住み処にして居た魔神もまた、人心を操る者だった。  ヴァンパイアクイーン。  男を誘い体液を奪い、男が異変に気付いた時にはもう身動きが出来ず、ゆっくりと全ての体液を搾り取られていく。  女ならば恐怖に泣き叫ぶ姿を楽しみながら血を啜り……、気に入った者は身体を乗っ取り、いくつも姿を変えてきた。  何百年も生きたその魔神は三百年程前、突如として姿を消したのだ。  この地方のかつての王朝。ベルフコール王国の終焉と共に。 「ワーズ! なんでも良い! おかしなところがないか調べるぞ!」 「了解した」  ルーアの指示に、ワーズと呼ばれた狼の魔物は人語を操り応える。  そしてヴァンパイアクイーンが現れた痕跡を探すために駆け出した。 「もしヤツが生きているなら……。必ず私の手で始末してやる……。覚悟していろ……、シトリー!」  覚悟の光りを瞳に宿し、ルーアも後に続き古城の奥へと足を踏み入れる。  かつての怨敵、その足取りを追い求め……  ーーーーーーーーーー  のんびりと過ぎる魔神館の朝。  だというのにイリスが面倒な話しを持ち込んで来た。  なんでもここ数日の間、西の方にある他国の古城で魔物が彷徨いているらしい。  行商の馬車を走らせてる商人が何人も証言しているらしいので確かなのだろう。  その周囲には魔物はおろか、小動物すら立ち入らないのでこんな遠方にまで噂が広まっているのだ。  たかが数日で人間というやつは暇である。  しかもそれが俺のせいという事になっているようだ。 「なんでだ! 何もやってないよ! 汗水垂らして土いじりしてただけじゃん!」 「人間ってヤツは悪い事があるとな、何でもかんでも悪い事と結び付ける癖があるからな~」  俺の叫びにラグナートが的確な答えをくれた。  このままだと起きた災厄全部俺のせいかい?  最悪だな人間め。 「どうでしょう? 少し様子を見に行ってみませんこと? わたくし昔、そのお城に住んで居たことがありますの。久し振りにお散歩してみたいですわ」  無邪気な笑顔でそう語るシトリー。  マジか、なるほど……  散歩なら行くのは良いんだけど……、遠いのではないだろうか?  馬車で数日とかだったら死んじゃうよ俺?  そこで俺は考えた。 「ザガンよ……。速くて揺れない快適な乗り物を作ってはくれまいか? その……、天才的な錬金術師の力で……」  俺はザガンを持ち上げるように提案する。  ザガンは目を(ないけど)輝かせるように承諾してくれた。  チョロい骨だ。  ザガンはテーブルの上に大きな紙を広げ、まずは設計図から作ってくれている。  箱型の本体に車輪を付け、何かで引っ張る仕組みか……  うん、馬車じゃねぇか! 意味無いんだよそれじゃ!  出来上がるのは既存の乗り物と大差ないと判断し、俺は作業に参加することにした。  車輪はもう少し太く。四輪は必要だな。  揺れ防止に樹脂も巻こう。  クッション性を補うために車輪内部は空洞にするか、もしくは緩衝材を入れるか悩みどころだ。  本体部分にも拘りを持ちたい。  丈夫で強固、オシャレな内装。  なんだか楽しくなってきた……  俺は愛鋸のノコギリ一郎太を握り、作業を開始した。  イリスとラグナートはとっくに帰り、朝から晩まで作業を続ける俺達。  良い暇潰しを見付けたが、時々目的を忘れてしまいそうになるので困ったもんだ。  それから数日後……  うむ! 時間は掛かったが良い感じだ! 四輪駆動で鉄製の黒いボディ。  内装には木材や樹脂材などをふんだんに使い、窓等には硬質ガラスを用い、魔力で動くスーパーな乗り物だ。  速度が上がれば時間だって越えられそうな予感がする。  魔力を動力に変える変換器に魔力を込められる石、『魔石』をセットして完了した。  操作はザガン。移動中に見つかると困るのでシトリーに結界を張ってもらう。  アガレスも当然俺の自衛の為に連れて行く。 「にゃ~~ん?」  不思議そうに鋼鉄の乗り物を叩き鳴くチノレ。  ごめん無理だチノレ……。きみは大きくて入れない……  そんな寂しそうな顔で悲しそうな声を出さないでくれ……  キミはお留守番なんだ……  留守を守るチノレの安全を考え、戸締まりはキチンとしなければならない。  魔力を収束する鉱石を加工し、力場を遮断する金属で彫金、清浄なる樹の根で土台を作った強力な杖を媒介にし、全自動結界を屋敷もろとも周りの森に展開する。  自分でもよく分からないが我等は本気なのだ。  森に一歩入ったら二歩目で外に出てるくらい強力である。  無理して三歩でも進もうものなら、さあ大変。  睡魔と飢餓が凄いのに気持ち良くて動けなくなるという恐ろしいもの。  さすがになんかありますよって感じで違和感ありありだが、背に腹は変えられない。  ちなみにチノレも出られない。  チノレの安全第一だ。大人しく待っていてくれ。  お家の安全も確保出来たところで、いよいよ古城に向けて出発することにした。  操作盤のある車体右前の運転席にザガン。  隣にアガレスを手にした俺。  後ろの席にシトリーが乗り込む。  さあ、安全安心な旅の始まりだ!  なんて、夢と希望を抱いていた俺……  大地を駆ける鉄の物体からは、俺以外の楽しそうな声が風に流れて行く。 「ハハハハハハハハハ~~~!」 「楽しいですわ~~~!」 「ゴゴゴゴゴゴ!」  ザガンのテンションがおかしい。  シトリーのテンションもおかしい。  アガレスのテンショ……あ、コイツ寝てやがる。  まずスピードがおかしい、速すぎる。そして気持ち悪い。  そうだった。こいつら基本的に細かい事は気にしない。  人間の耐久力を考えていないのだ。  ーーーーーーーーーー  到着まで三時間程掛かったが、なんとか目的の城まで到着した。  嘔吐と頭痛で死にそうだ。  こんなことならフライングロングチノレで上空から向かった方が良かった……  ともあれ、とんでもなく朽ちた廃墟を想像していたがそんな事はなかった。  草や苔は生えまくりだが内部の柱もしっかりしていて、軽く整備すれば問題なく住めそうな程立派な城である。 「ここがシトリーの住んでた城か……、立派すぎるな。むしろ引っ越す意味はどこにあった?」 「一人ではつまらないのですもの~」  俺はこの城を出る必要性に疑問を感じたが、なんて可愛らしい理由なんだ……  どうでも良いけどスーパーカー、略してスカーとチノレバリアーの製作に数日を要したので、まだ居たとしたら大分暇な魔物だろうな。 「何者だ!」  城の奥からデッカイ犬がやって来た。喋っとる。  暇だったらしいな。ウチで飼おうか。 「ふむ、汝がここに現れたという魔物か? 人語を介すとは珍しい……、魔神の類いか」  ザガンが何か言ってるが魔神の線引きが分からんな……  今度聞いてみよう。覚えてたらな。  犬に気を取られていると、突然雷鳴が轟いたと思ったら屋内だというのに俺達の方に雷が落ちて来た。  だが俺は無傷。アガレスが遮断してくれたようだ。  ザガンとシトリーは直撃したみたいだが涼しい顔して全く効いていない。 「お前達こそ魔神だろう。その不穏な魔力、隠し切れてないぞ!」  可愛らしい少女が犬の後ろからやって来た。  どうやら今の雷はこいつがやったようだ。  可愛いからってなんでも許されると思わないでほしい。 「いやいや、だからと言っていきなり攻撃して来るのは駄目ですよ? こう見えて我々は人畜無害ですので……」  明らかに年下の少女に対し低姿勢……、我ながら大人である。  向かって来たところで片手で転がせそうな少女なので怯える必要はないのだ。 「その特徴……、もしやクレイオ港に現れた魔神共か? この中にシトリーは居るか!」  何故か怒声とも取れる声を上げる少女。  どこだそれは? ああ、旅立ちの港か。  それにしても偉そうな少女である。 「はーい、わたくしですの~」  シトリーが険悪な空気を壊すように手を上げてゆるーく答えた。  それを視認した少女の顔付きが険しくなる。 「くっ! 本当に現れたとはな! 覚悟しろ! ここで滅んでもらう!」  なんなのだこの小娘は?  ちょっと可愛いからって調子に乗り過ぎである。  これはちょっとお灸を据える必要があるな。  数でも勝ってるし、しょせん犬と小娘だ。  こちらが有利ならば俺は強気なのである。  だが大人な俺はあえて低姿勢で対応するのだ。 「ふふん小娘め。痛い目見るのはそっちだぞ! 大人しくそっちの犬をモフモフさせろ!」  いかん、本音が出てしまった……  あまりにも余裕を感じ過ぎてしまったようだ。 「《ブレイドストーム》!」  小娘は片手に持った本を開き、言葉を発すると同時に台風のような旋風が巻き起こった。  飛んできた小石が痛い。  なんだこれ? ごめんなさい! 「精霊魔術か! なかなかの使い手だぞ!」  なにやら嬉しそうなザガン。そもそも何だそれは?  続けて地面を削る程の風圧、風の刃が向かって来た。  俺は慌ててアガレスをかざした。  先程と同じようにバリアでも張ってもらおうと考えたのだ。  避けようにも見えないしな。  上手く防いでくれているようで、俺の目の前にある空間に小石が張り付くように停止している。 「やだ怖いこの子!」  俺はアガレスバリアのお陰で全くの無傷ではあるのだが、最近の若者の激しさには着いて行けないと感じていた。  続けて犬が高速でこちらに突っ込んで来る。  体当たりか噛み付くつもりなのだろう。  その犬にシトリーの身体から出て来た瘴気が触れる。  犬は瘴気により方向感覚を狂わされたのか、俺達の横を突っ切って壁に激突した。  小娘の操る暴風の嵐も、シトリーの瘴気が渦を巻き相殺。  両名ともシトリーの触手のような瘴気に巻かれ終了した。  手を組み微笑んだまま完封である。シトリー強い。 「というかあの風はなんだ? 精霊魔術ってなんだ? 反則だぞ!」 「魔力をあの魔道書に移し、そこに書かれた理を解放したのだ」  憤慨する俺にザガンは重々しい空気を醸し出して答えてくれた。  そんなカッコ良い雰囲気は作らなくて良いんだよ。 「さっぱり分からねぇです」  せっかくなのだが、ザガンの説明は高度過ぎて俺にはちんぷんかんぷんだった。  そこに笑顔のシトリーが割って入って来る。 「魔力は想いを形にしてるのですわ」 「なるほど、完全に理解した」  なんて夢のあるお話しだ。  シトリー先生に一晩中御教授願いたいものだな。  とにもかくにも、小娘共に事情を説明してもらう事にしよう。  いつの間にか小娘共の身体を巻く瘴気は樹の根のようなものに変わっている。 「おまえら何でいきなり襲って来たんだ? シトリーになんか恨みでもあるのか?」 「ふん! 仲間のクセに知らんのか! 良いだろう……、教えてやる。その女の悪逆非道をな!」  優しく聞いた俺に小娘は上から目線で答えてくれた。  ぐるぐる巻きで転がってるのが可愛いから態度は多目に見よう。  話しを聞くと、なんでもシトリーがこの地方の国を滅ぼして行方をくらませたらしい。  それで似たようなヤツが現れたから念のため、シトリーが住んでいたこの場所に調査に来たと言うのだ。 「とんでもない事してるんですねシトリー様」 「わたくしそんな事してませんわ! 濡れ衣ですわ! 訴えますわよ!」  ご立腹である。俺もシトリーがそんなことしてたとか信じられないし、仮にしてたのなら悪いのはきっとここの奴らだ、そうに違いない。  というかやってないって言ってるんだから話しは終わりで良いだろう。  考えるだけ無駄さ。 「それを信じろと言うのか! ベルフコールの城下町は今でも、草木一本生えない不毛の地だと言うのに!」  そんなこと言ってもなぁ小娘よ……。関連性を教えてほしい。  言い合いを続けていたところで意味などないだろうに。 「もう帰ろうよお嬢ちゃん……。テメーが帰ってくれないと俺の悪い噂が立つのだよ」 「……ベルフコール城まで着いて来い。もしお前がなんの関係も無いのならあの国……。いや、あの城下町から人が消えた原因を改めて調査せねばなるまい」  優しく帰宅を勧める俺を無視し、シトリーを連行しようとする小娘。  ミノムシのように転がってる自分の姿が見えないのだろうか?  小娘の言い分ではつまり、シトリーのせいだと思ったから大した調査はしてないという事だろうな。  ちなみに被害があったのは首都だけで領土はアーセルムとフィルセリア間で分けられたらしい。 「ちょっとこの二つの国怪しくない? 名推理じゃない?」 「少し黙ってろ小僧」  俺が閃きを口にすると悪辣な言葉を浴びせてくる小娘。  クソガキに色々小難しい理由を話された。  耳から素通りしたが、このぞんざいな扱いは嫌いじゃない。  どのみちシトリーに手も足も出ないので拘束は解いてやり、恐怖のスカーに乗ってベルフコールの首都に向かう事になった。  小娘がシトリーの隣は嫌だとわがままを言うので、仕方なく俺が後ろの席に座った。 「怖い、怖い、怖ぃぃぃぃ……」  超高速で移動するスカーの中で、小さな声で呟く小娘。  小娘は俺の左隣、半泣きで俺の腕の裾にしがみ付いている。  落ち着け小娘。俺も怖いんだ。  俺と小娘の膝の上にて無言で震えているモフモフが気持ち良い。  目的地の首都にはそれほど時間も掛からずに到着した。  ひょっとしたら気を失ってたのかもしれないが。  しかしまあ……  滅びてますな。むしろ砂漠です。  建物の残骸とおぼしき出っ張りが所々あって、遠くに一際大きな出っ張りがあるくらいです。  何故でしょう? この城下町周辺だけです。  後ろを振り向けば草原なんです。  明らかに怖いのでもう帰ろうぜ?  我が家が待ってる。そんな気分でいっぱいだ。
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