二十八話  決闘ハシルカ

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二十八話  決闘ハシルカ

 かつてセリオス率いる勇者達と戦った場所、玄関先の大広間に集まった俺達。  成り行きでカイラとシトリーが手合わせをする事になったのだ。 「おい、外じゃなくて良いのか? この館潰れちまうぞ?」 「あら、大丈夫ですわ。潰れるほどの事は出来ないでしょう?」  薄ら笑いを浮かべるカイラの挑発にシトリーは微笑みながら挑発で返す。  シトリーに返された挑発で簡単に怒りをあらわにするカイラ。  なんて身勝手な小僧なんだ。 「上等だ! こいつを見てもそう言えるのか!」  カイラは手の平に人の頭程の大きさの火球を作り出す。  それはすぐにシトリー目掛けて放出された。  が……、その火球はシトリーの眼前で霧散する。  シトリーの起こした風の膜で相殺されたようだ。 「なに!? なにやったんだよ! じ、じゃこいつでどうだ!」  動揺を示すカイラは続けて炎を流動的に操り、手の平から放射する。  火事になりそうなくらいの凄まじい火炎放射だ。  その炎はシトリーの前で小さな火球として集まっていき、軽く投げ返された。  まさか返されるとは思わなかったのだろう。火球はカイラに直撃して爆発。 「なん……で?」  ポワっと口から煙を上げ、黒焦げになったカイラ。  自分の能力をそのまま返されてしまってはもう為す術がないだろう。  疑問など飲み込み、潔く諦めて終わりにしよう。 「ほう……、あの者なかなか面白い事をするな。内包魔力を術式もなくあのように操るなど……。余程おかしな生まれと見た……」  ザカンが面白いと言ったのはカイラの能力。  生物は体内に魔力を持っていても好き勝手使える訳ではないらしい。  魔道具を持たず、魔術的現象を起こせるのはそういう風に作られた者か……  もしくは変態なヤツだけのようだ。  自分達が変態だと言っているようなものである。  しかし、変態なシトリーという響きはとても良い。 「貴方、御自分の性質を勘違いなさってますわね。よろしければわたくしがお教えしても構いませんわよ?」 「ああ? 誰がテメーみたいな女に!」  シトリーの提案を腹を立てたかのように拒否するカイラ。  ボコボコにされているのに随分強気に語っている。カッコは全くついてない。  そんなカイラの足元の床を突き破り、数本の細い樹木がカイラを挟み締め上げた。 「うぐ…………ぬ…………」  ミキミキと音を立て、ゆっくり締め付けているようだ。  これは辛い。うめき声を上げるカイラの顔面が面白い形になっている。 「お教えしても、構いませんわよ?」 「お……お願い……します……」  再度短く提案する笑顔のシトリー。  カイラは承諾するしかなく、そのまま気を失った。  バカめ。何度言わせれば気が済むのだ。  女性に逆らってはいけないというのに。  俺の腰で『床が……』と嘆くアガレス。そうだ、直すのはアガレスである。  とりあえず決着はついた。これで気は済んだだろう。 「さて……、次は私だな。この間のが実力だと思われたままではしゃくだ。誰か相手をしろ。シトリー以外だ!」  しゃしゃり出てきた小娘ルーア。  シトリーには勝てないと豪語しているようなものだが?  というかまだやんの? 嫌な予感しかしないんだけど。 「良かろう。では我が相手をしよう」  対戦相手としてザガンが名乗りを上げた。もう結果は見えているな。  カイラを引きずり退場するシトリーと入れ替わりに、ザガンとルーアが広間の中央に進む。  まずルーアが先手を仕掛けるようだ。  魔道書を開き、風がルーアの周りを駆け巡る。  カッコ良く二本の指を突き出し、その前方に大気が集約していく。 「ゆくぞ! 《サイクロンブレード》!」  ルーアの一声で圧縮された空気の刃がザガン目掛けて襲い掛かる。  気のせいか、以前見たのと同じ魔術のようだが言ってる言葉が違う気がする。  まさかこいつもザガンと同じカッコ付けなのだろうか?  風の刃は動かぬザガンを頭から両断し、ザガンの身体が霧散する。  血の気が引くほど驚いたが、一瞬ザガンの身体が霧状になっただけだった。  またすぐに元の姿に戻っていったのだ。 「うぇ!? こ! これなら!」  強気な態度はつゆと消え、あっという間に狼狽えるルーア。  なんかカイラと同じパターンなんだが?  続いてルーアはタロットカードのような札を指に挟みザガンに向けた。 「《サンダーボルト》!」  突き出したルーアの手の周囲から発生した雷がザガンを襲う。  ザガンは全く効いている様子がない。それ前も効いてなかったろうに…… 「じゃ! じゃあ! こ、これ……なら……」  すでにポロポロ泣いているルーア。哀れ過ぎて貰い泣きしそうだ。  カードを手に取り、その周囲から炎が出た瞬間……  ルーアの足元から手元に向けて吹き上がった細い水柱で炎が消える。  すでにガタガタと震えているルーア。そのすぐ目の前にザガンが来ていた。 「哀れな……。それなりの魔術は使えるようだが使い方がなっていない……。基本から教えてやらねばならぬようだな……」  くぐもったおどろおどろしい声でザガンがルーアを威圧している。  あれは相当怖いぞ。俺は体験したから知っているのだ。 「うぇ!? ……あ、よろひく……お願いしまひゅ……」  全身を震わせるルーア。ろれつも回らずあえなく轟沈。  泣いてるルーアはトボトボと引っ込んで行くが……  ザガンさん。絵面が怖いから真後ろに立つのはやめてあげてほしい。  生徒は意地でも逃がさない方針。それがザガン教室なのだ。  ところでこれはあれかな? まだ続く流れなのだろうか? 「ラグナート! 以前の借りを返してやる!」  彼らのリーダー、シリルが前に出てラグナートを名指しした。  以前の敗北が余程悔しかったのだろう。  その言葉に口角を上げたラグナートが応じる。 「良いぜ。少しは良い面になったじゃねぇか……」  楽しそうなラグナート、真剣な表情のシリルが広間の中央に移動した。  両者は剣を抜いて互いを見合わせる。  シリルは青く輝く剣を両手で握り込み、意識を集中し始めた。 「来い! ヴァルヴェール!」  シリルの言葉に応えるように、青く輝く剣からシリルを巻くように水の蛇が現れる。  半透明で美しく、シリルの身体を軽く越えるくらいに巨大な水蛇だ。 「おお~、使えるようになったのか。懐かしいな……。こりゃ楽しみだ!」  ラグナートは本当に楽しそうに喜びの声を上げた。  あの不思議な剣の事を知っているかのような口振りだな。 「ザガン……、あれはなんだ? 大きな蛇さんが現れたぞ」 「物質に宿った精神体、精霊だな。そこの狐も似たようなものだが……。あの水蛇は比較にならんくらいの高位存在だ」  俺は不思議な蛇さんが気になったのでザガン先生に質問した。  その返答ではかなり高位の精霊と呼ばれる者ではないかとの事だ。  さすがは勇者パーティー。まともな人間一人も居ねぇ。  シリルが剣を床に突き刺すと、ラグナートの足元から氷が刃となって無数に突き出てきた。  ラグナートはそれを剣の一薙ぎで打ち砕き、シリルに突撃する。  激しく剣を打ち合う両者。  無数の打ち合いを繰返した後、シリルは間合いの外に出る。  シリルを囲う水蛇の周囲にはおびただしい数の水玉が浮かび、それは超高速でラグナートに襲い掛かった。 「この程度じゃ無意味だっての!」  ラグナートはその水玉を超速の剣技で打ち払い、辺りは霧に包まれる。  濃霧の中で青い光りが徐々に輝きを増していき、凄まじい威圧感を放ち始めていた。  霧に乗じてシリルは魔力を高めていたようだ。 「俺の全力の一刀……。受けてみろ!」  青く照らされるシリルは剣を脇に構え、そのまま少し距離のあるラグナート目掛けて剣を切り上げた。  高密度の水の斬撃が飛び、霧は一瞬で晴れる。  そしてラグナートの腹部に水の刃が叩き込まれた。  その余波により、ラグナートの背後にある柱は切れて崩れ落ちる。 「か~! いてぇ! 容赦ねぇな~!」  服が切れて軽く痛がってはいるがそれだけだ。  むしろ笑っているラグナートは悠然と佇んでいた。  痛いで済むのが凄いな。胴体千切れたかと思ったぞ。 「やっぱり強過ぎるな……」 「腕は上がってるぜ。まだまだだがな」  弱音を吐くシリルと全然余裕のラグナート。  近付いて来たラグナートに頭を強く撫でられ、シリルは照れながらも少し不満そうである。 「降参だ。手加減されてこれじゃ勝負にならない。というかあんた、気付いてて避けなかっただろう……」  勝負はついていたようなものだが、シリルは改めて負けを宣言した。  ここまでで一番健闘しただろう。  勝負にならないとは先程までの戦いを言うのだ。 「ははははは! ちっとヴァルヴェールの力を受けて見たくなってなぁ」  ラグナートさん。とんでもない理屈である。  それで死んだらどうするのだ?  ともあれ、良い感じな戦いだったのでこれで終わりで良いだろう。  さっきからずっと『柱が……柱が……』と呟くアガレスが可哀想だ。 「ガードランス。ヤル」  今度は白騎士さんがやる気を出して来た。  これ以上家を壊すな。アガレスが泣くぞ。 「うむ、俺達の出番だなフレムよ」  心配を余所に、嘆くアガレスは即座に復活した。  出番は心待ちにしていたようだ。  しかし何故俺を巻き込む? ん? フルメタルで行けば良いだろうに。 「ガードランス~! おにーさ~ん! 頑張って~!」  ハミルの声援を皮切りに、皆して檄を飛ばして来た。  待ってましただの、見せてくれだの勝手な言い草だ。  俺の逃げ場はなくなってしまった。 「ああ~、お手柔らかにお願いしますぅ……」  俺がこの強そうな鎧にどう勝てと言うのか……  こいつの腰にある剣バカでかいし、受けたら潰されるのは目に見えている。  ここはアガレスに頼るより他に手がない。  ある程度距離を置いて試合開始。  ガードランスは剣を抜かず、左手を前に突き出した。  嫌な予感がする。俺はアガレスを突き出し、前方の空間を停止してもらう。  不安を感じたらアガレスバリアー。基本である。  ガードランスの左手が引っこみ、無数の銃身を円形に束ねたような物が代わりに出て来た。  間髪入れずにけたたましい銃声がとどろき、凄い勢いで銃弾が飛んで来る。  銃弾は俺の前方の空間で全て止まっていた。 「怖い怖い怖い怖い!」  マジ怖い死ぬから!  見た目はカッコよく防いでいるように見えるかもしれないが間違いだ。  俺は何も出来ないだけである。 「体内魔力を銃弾に変換しているようだな。残存魔力が減ってないところを見ると、予め変換して置くのだろう。となると変換効率は良くない。その内打ち止めだろう。少し待つのだ」  俺の絶叫にアガレスが希望をくれた。  程なくしてアガレスの予想通り銃弾の雨が止まり、いよいよ剣を抜くか……  と思ったら今度は右手を突き出し、少し長めの銃身が出て来た。  恐らく単発式だろう。  先程よりも速く、少し大きめな弾丸が放たれる。  俺は飛んで来たそれを打ち払った。  セリオス戦で会得した技に改良を加え、予想空間に後先考えずに攻撃を加える手法だ。  三発、四発と撃ち込まれた弾は俺の振るう剣で後方に流される。  俺はガードランスの銃撃を全て捌いて見せた。  この程度ならば自力でもなんとかなるものだ。  いくら速かろうが、単発の直線攻撃などタイミングさえ読み取れればわけはない。 「セリオス直伝改良! 名付けて猫魔時雨(ねこましぐれ)!」  ちょっと上手くいったので、調子に乗って技名など付けた上に公表する俺。  我ながら抜群のネーミングセンスである。 「殿……下?」 「教えた覚えが……ない……。勝手に覚えて改良までしたのか……。どこまでも侮れんな……」  イリスの訝しげな目線を避けつつ、セリオスは目を丸くしている。  俺がセリオスを真似して練磨した剣技にきっと感心してくれているのだろう。  ガードランスのうるさい銃撃は捌き切った。辺りに静かさが戻る。  銃撃は収まったのだ。いよいよ剣を抜くな……  そう直感した俺はガードランスの次の行動を予測して警戒した。  そして、ガードランスは…… 「マイッタ」  直立不動で降参した。  ガードランスは抑揚のない声であっさり負けを宣言したのだ。 「早いよ! もう少し頑張ろうよ!」 「ムリ」  俺のツッコミに淡々と返してくるガードランス。  いやいや、これで終わりはないだろう? 御腰に付けた剣は飾りか?  「せめてその剣抜いて戦ってみよーぜ? ね? さすがにこれはないよ……」 「ウン。ワカッタ」  俺の嘆きに渋々といった感じで剣を抜くガードランス。  剣を頭の上に掲げ、そのままこちらに向かってくる。  ドスンドスンと重そうな音を立て走る白騎士さん。  なんかもうね。遅い……。何もかも遅い……  俺はゆっくり走って来たガードランスを眺め、降り下ろされた剣を軽く避ける。  それから隙だらけの横っ腹を軽く蹴っ飛ばしてやった。  ガランと重い金属音を鳴らし、しゃなりと倒れ込んで両手を床に付くガードランス。  ガードランスはそのまま俺を見上げ…… 「コーサン」  やる気が見られない白騎士ガードランス。  もはやどうにでもしてと言わんばかりに戦意が消えているのだ。 「……特訓だ。おまえには猛特訓をさせる」  自然と俺の口から低い声が洩れていた。  俺は自分よりやる気のない者を認めない。絶対にだ。  この中で一番やる気のない奴は俺でなくてはならないのだ! 「ではでは皆様御清聴……、ここで真打ち登場ですよ!」  俺達の戦いが終わったのを確認したユガケが、なんか偉そうに広場に踊り出て来た。  空中で舞うように両手を広げ、狐っ子が声高に宣言を始める。 「フィルセリア随一の冒険者チーム! ハシルカの裏リーダー! 走る災い! 破壊竜の愛娘! 迫撃のトラブルピックアッパー! ハミュウェル・レイクザード様でっす!」 「おまえじゃないんかい!」  満を持してユガケが戦うのかと思いきや……  ただの宣伝だったので俺は思わず叫んでしまった。  勇者のチーム名が夕陽に向かって駆け出しそうな感じだな。  あとそれ、大体悪口だぞ。 「えへへへぇ……、僕頑張るねぇ~」  頭を掻き、照れながら中央に出て来たハミル。  そのハミルに対してこちらは誰が相手をするのかな? 「リノレがやるー!」  なとリノレが相手をすると言い出した。  遊んでいるように見えたのだろうか?  とても可愛らしい対決だが、幼女の殴り合いなど見たくない。  ヤバそうなら止めようと皆に目で合図を送った。  まずは先程と同じようにハシルカメンバー、ハミルが動く。 「いくよー! 《はみるばーすとぉ》!」  ハミルの体が白い闘気で覆われる。  そのまま突っこみ、リノレに怒濤の連続攻撃を仕掛けた。  頼む。見てるの怖いから容赦をしてくれ!  だが俺の心配は杞憂だった。リノレは反射神経のみで全て受け止めている。  速過ぎて手の動きが追えないが、リノレは反撃まで繰り出しているようだ。  ハミルは受けたらヤバイと分かるのか、全て受けずにいなしている。  この子達凄いぞ。 「《はみるぼーるぅ》!」  ハミルは攻防の隙間を縫って手を突き出し、球体に輝く闘気を打ち出した。  それを受けたリノレが大きく後方に下がるが、良い笑顔なのでダメージは一切ないようだ。  中々良い勝負である。シリルに続きまともに戦っている。  そこで突如リノレの身体を薄紅色の炎が包み出した。  以前見たな。リノレ本気モードか? 「にゃーーー!」  両拳を頭上に掲げ、リノレが鳴いた。  するとリノレの口の前に小さな魔法陣が現れる。  その陣の中心からハミルを目掛け、放射状に閃光が吹き出した。 「《はみるふぃーるどぉ》!」  ハミルは咄嗟に両手を交差し、結界を構築する。  リノレの放った閃光はハミルを包み込み、眩い光が俺達の視界を塞いだ。  閃光の中に響く轟音。何かが崩れるような不安になる音。  程なく視界は開け、玄関扉周囲の壁がゴッソリなくなっていた。  ハミルは結界のおかげで無傷である。  ポカンとする俺達のまえで、辛うじてバランスを保っていた扉も倒れた。  全員が唖然とする中、アガレスはもう啜り泣いている。 「「ニャーーー!」」  両拳を掲げてハミルとリノレが吠える。  まだまだこれからだと言わんばかりに。  よし、ここまでだ。今すぐやめさせそう。  このままだとこの館は跡形もなく消し飛んでしまう。
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