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三十六話 囚われの星
破壊竜復活阻止をシトリー達に任せ、ルーア達はガルドを捕らえるために船内を進んでいた。
船の壁面は特殊な金属で出来ているようであり、船全体から異様な魔力が放たれている。
「この作りは……、これはアズデウスの魔道研究所だぞ!?」
ルーアはアズデウスの魔道研究所に何度か出入りしていた。
この船は内部構造が似ているというものではなく、魔道研究所そのものとしか思えないと声を上げる。
「これは第四級の中級天使兵器ですね~。主砲は小さなお山くらいは消しちゃいますので、皆さんお外には出ないようにしましょうね~」
緊迫感を砕くように緩く説明を入れるヴァルヴェール。
つまりアズデウス公国はこの船を研究所として利用していたという事になる。
「ヴァルヴェール。天使兵器とはなんだ? それと、おまえの声はシリルにしか聞こえなかったはずだ。何故私達にも聞こえるようになったのだ?」
ルーアは立て続けに出てきた正体不明の天使兵器について質問した。
それに今まで所持者であるシリルにしか声が聞こえなかったはずのヴァルヴェールの声。
それが自分達にも聞き取れるようになった理由も合わせて問い質す。
「天使兵器とはかつて、神の国と呼ばれた古代帝国ファシルで作られた兵器全般を指します。世に言うファシル帝国とは盟主の居なくなった混乱期なのです。ようは衰えただけで同じ国なんですよ~。あ、ちなみに私も天使なんですよ?」
ヴァルヴェールは天使兵器に関する情報を語り、自らも天使兵器である事を明かす。
神器と呼ばれるのは神の時代に作られた物。
混乱期以降に作られた物は主に魔導器と言われた。
翼の生えてるような天使は大体が第五級天使、魔力の発露により余剰魔力を背中から放出させているのだと言う。
だが上位種全てが翼を持つ訳ではないようだ。
「あんまり話すと怒られちゃうんですけどね? 過度な遺産の情報供給は争いの元だと、私の仲間達に口酸っぱく言われているのです。ですがシリル以外とお話しするのも久々ですから嬉しくって……。はい、声が聞こえる理由でしたね? それは第三覚醒を迎えたからなのですよ。この形態はある程度の自由意志が効きますからね」
ヴァルヴェールは遥か昔の情報を洩らすと争いの種になりかねないと言う理由で、同じ精霊神器やラグナートに口止めされていた。
だがその口は全く閉じず、ポロポロと情報を垂れ流している。
声がシリル以外に聞こえるようになったのは第三覚醒に至ったから。
姿も以前のような半透明な水蛇ではなく、はっきりとした白い蛇の実体に変わっていた。
「私とシリルの間で強い絆が生まれた事でようやく真の力を解放出来ました。私の活躍の場が少ないと願う気持ちと……。あ、俺だけ活躍してない……。というシリルの切なる願いがガッチリ噛み合ったお陰ですね。しかし天使兵器に命令出来る神器なんて聞いた事もないですね。私もまだまだ未熟ということでしょうか……」
ヴァルヴェールの話を聞き、皆が一斉に同情の目をシリルに向けた。
挙動も意味なく機敏、そしてあまりにもうるさ過ぎたのだ。
そんな目で見ないでくれと言うシリルの思いも虚しく、ヴァルヴェールは話しを続ける。
「第四級天使もですが第二級天使の存在が厄介ですね~。なんか離れて行ってますけど後で戻って来たりしませんかね? あ、そうだ口止めされてましたね。でもでも、もう天使兵器と関わってるので良いですよね? あ、私は第三級天使なんですけど、ちょいちょいしか起動しないのであまり多くは知らないんですけどね? 以前お会いした第二級天使の方に気配が似ているのがこの船から離れて行って……」
ヴァルヴェールはシリルの周りをくるくると周りながら喋り続けた。
そのあまりの鬱陶しさに、セリオスはシリルにおそるおそる確認する。
「シリルよ……。もしやヴァルヴェールはいつもこんな感じなのか?」
「うん……」
同情の目を向けるセリオスに疲れたように返答したシリル。
周りに声が聞こえないだけで、蛇の形が出て来ている時は大体こんな感じだったのだ。
大変だったなと言うカイラやルーアにも、シリルは生返事しか出来なかった。
船内を進む道中、次々と襲い掛かる天使達。
体力が回復したとはいえ、エトワールの癒しでは魔力までは回復しない。
おまけにガードランスなどはエトワールの能力自体が適用されなかった。
だが、真の力を解放したうるさいヴァルヴェールの力で難なく撃破出来ている。
魔力迸る輝く青い剣は、まるで紙切れのように天使達を両断していったのだ。
「これ……。手加減しないとヤバくないか……」
「ほとんどが八級ばかりですね……。しかし目覚めたばかりの第六級天使や第五級でさえ、私に掛かれば造作もないのですよ! 自我も形成されてないので人形と変わりません。なので気にせず倒してしまいましょう! せいやー! 頑張れシリル~!」
シリル本人ですら、ヴァルヴェールの切れ味に引き気味であった。
時折強力な個体も交じっているようであったが、うるさいヴァルヴェールは並の魔神クラスと言われる第六、第五級天使兵器くらいなら簡単に葬れると言う。
そして辿り着いた中枢区と思われる広い空間。
そこで三十体程の天使達を引き連れたガルドを発見した。
「最奥か……。数は多いが……」
「ここも八級天使ばかりですね……。あとは五級が五名程、まあ私とシリルに掛かれば何の問題もありません」
ルーアは警戒していたが、ヴァルヴェールは余裕の態度で望んでいる。
ヴァルヴェールはガルドを見据え、白蛇の身体はシリルを強調するように展開した。
一回り大きくなり、空中に漂う姿はまるで威嚇するかのよう。
「追い詰めましたね。覚悟なさい! 水竜王ヴァルヴェールの名において、その悪逆非道の……」
「機能を止めろ」
「あん!」
威勢良く名乗りを上げようとするヴァルヴェール。
しかし口上の途中でガルドに機能を停止させられ、一声上げて消えていってしまった。
「ヴァルヴェール……、おまえって奴は……」
シリルは剣を構えたまま泣きたくなっている。
ヴァルヴェールの余裕っぷりに安心していたが、覚醒したからもう神器の停止機能が効かない訳ではなかったのだ。
「腹立たしい連中だ! まさか入り込んで来るとはな! ルーアめ……。始末もせずにどういうつもりだ……。わざわざ貴重な天使まで巻き込みおって!」
ガルドは天使ルーアがシリル達との戦闘を止め、ゼラムルの元へ飛んだ事に憤りを感じていた。
確実に止めをさせると思ったからこその命令だったのだ。
挙げ句の果てに高速接近してきたドラゴンに気を取られ、シリル達の侵入を許してしまった事にも焦りを覚えている。
「まあいい、戦力はまだまだある。もはや逃げ場もないのだ。歓迎しよう。そして死ね」
無理矢理落ち着きを取り戻したようなガルドの指示で、天使達が一斉に戦闘態勢に移行する。
シリル達もヴァルヴェールが機能停止しているとはいえ、この数なら対処可能と判断して身構えた。
すると突然天井が開き、その穴から無数の人影が飛び降りて来る。
三体、四体……。間違いなく天使兵器の増援。
このまま増え続けるとさすがに厄介だと感じるシリル達。
だが敵の増援はすぐに止み、数体で打ち止めを迎えた。
「何故だ! 何故それしか来ない! まだまだ居るはずだ! 格納庫に居た天使はまだ出していなかったはず!」
これに予想外だと声を上げたのはガルド。
船内でいくらか倒されたとしても、有事の際に隠していた戦力はこんなものではなかったはずなのだ。
その時、頭上から銃声が響き渡る。
天井から現れた天使は、同じく天井から現れた者に撃たれ地にひれ伏した。
倒れた天使達の側に、長いスカートをひるがえし着地する女性。
銃声の出所は二丁拳銃を携えるイリスだった。
「助太刀に参りました! 皆さん御無事ですか?」
「メインシュガー!? 何故ここに!」
「このネックレスでフレムと連絡が取れるみたいでして……。なので情報共有のために私が駆け付ける事になったんです。フレムはその……。酔って役に立たないので……。あ、途中で出くわした敵は出来うる限り撃破しておきましたよ」
援軍として来たと言うイリスに驚きの声を上げるセリオス。
イリスは片手でネックレスに触れ、それが実は特殊な魔道具であり、シトリー達の魔力を使い交信が可能になったと語る。
フレムはすでに酔って動けないので選択の余地はなかったのだ。
「監視を任せた天使を始末されたのか……。くそぉ! 奴等を殺せ! さっさとここから叩き出せ!」
ガルドは格納庫を管理させて居た者が始末されたと確信した。
遠隔で起こせない以上、これでは援軍は望めない。
慌て始めたガルドは天使達に早急な始末を命じる。
「させないわ!」
「統制が取れていない……。指示も雑だ。それではどんな戦力も意味をなさぬ!」
イリスは攻撃動作に移る二十名程の第八級天使兵器を、華麗にして鮮やかに撃ち抜いていく。
セリオスは敵の動きに落胆し、翼持つ天使の足を素早く切り落とした。
第五級天使を含む残りの天使兵器もカイラにより黒焦げ、ルーアにより感電……
シリルの剣で腹部に傷を負い、ハミルの拳で壁に縫い付けられ……
あっという間に戦闘不能に追い込んでいった。
魔力が高いだけで実践不足の兵など、セリオス達の敵にはならなかったのだ。
「おねーさんカッコ良い! そのネックレス僕も欲しい!」
「あ、ははは……。ありがとうね」
ハミルの称賛に照れながらも空笑いを浮かべるイリス。
目を輝かせるハミルは冗談ではなく、本気でネックレスを欲しがっている様子を見せる。
「何処へ向かっているのか知らんが諦めろ!」
セリオスは剣先をガルドに向けながら恫喝した。
すでに天使達は全員倒れ、残るはガルドを残すのみである。
ガルドは奥歯を噛み締め、悔しそうに震えていた。
「くそぉ! あの時! あの時鉱山で殺せていればぁ! ゼラムル教団のやつらめ、手を抜きやがってぇ!」
突然激昂するガルド。その言葉にセリオスは眉を潜める。
ここで思い当たる鉱山とは、アーセルムで五年前に起きた炭鉱の落盤事故。
人為的な可能性が極めて高かったが、死傷者が居ない事で保留にしていた案件。
セリオスはその出来事の黒幕がガルドである事を悟った。
「ほう……、ではお前には一つだけ感謝せねばならんな。あの一件で私はエトワールに出会えたのだからな」
「エトワール? アーセルムの聖女か? それがどうし……。もしや……、そこに居るそれが……」
セリオスの洩らした言葉にガルドは驚いたように、そして確認するようにエトワールを見定めた。
ガルドは絶望したような苦渋の表情から一変し、みるみる下卑た笑みを作り始めていく。
「あ……あはは……、アヒャアヒャヒャヒャ! まさか……、まさか連れて来てくれるとは思ってもなかったぞ!」
何かを悟ったガルドは狂ったように笑い始めた。
まるで奈落から引き上げられ、心から救われたかのように……
「我がアズデウス公国はな……。未開封の天使兵器がどこに回収されたのか、という記録が残っているのだよ……」
「いったい何の話しをしている?」
唐突に様子を変えたガルドの真意を掴みかねるセリオス。
歪んだ笑みを張り付けたガルドは、ゆっくりと手にした杖をエトワールに向けた。
「あ……はぁ……。ふふ……、神を模し癒す者。『ラファエル』! 我等を癒せ!」
笑いを押し留めるかのようなガルド。
その言葉と共に、ガルドと天使兵器の傷が瞬く間に癒されていく。
切り落とした天使兵器の足さえ元に戻っている。
エトワールの癒しの魔力が、ガルド達を治していたのだ。
「く! う……、どうして……」
魔力の発露、それはエトワールの意思では抗う事が出来なかった。
両腕で自らの腹部を抱き、崩れるように膝を付くエトワール。
「どういう事だ! ラファエルだと? なんだ……、それは……」
セリオスは苦しみ出したエトワールに動揺した。
命じられるまま、突如発動した癒しの力。
それはつまり、エトワールが天使兵器だと示唆しているのだ。
「あはははは! 最高の天使兵器である四大天使の一体だよそれは! 神を模し癒す者! よく連れて来てくれた! 今度こそ形勢逆転だ! これで私は不死身になったも同然だからなぁ!」
高笑いを上げ、ガルドはエトワールの正体を語る。
エトワールを奪われる事。これはセリオス達にとって絶望を意味していた。
倒れて居た天使達は何事もなかったように立ち上がり、シリル達に襲い掛かる。
人の形をしている天使兵器を相手に、皆止めを刺す事を躊躇っていたのだ。
燃やしても感電させても、両断しても即座に元に戻る天使達。
ダメージを肩代わりし、傷付いているのはエトワールなのだ。
「う……く……。申し訳……ありません……。私が……軽率にも着いてきたばかりに……」
虚しく宙に舞うエトワールの懺悔と後悔。
不死身の天使達を相手に疲弊するシリル達。
すでに疲労困憊だったワーズやユガケを守るガードランスも限界が近い。
ハシルカのメンバーはあっという間に追い込まれていった。
「お前達に良いものを見せてやろう」
ガルドが部屋の奥に進むと、壁が動き外の景色が広がった。
笑みを浮かべるガルドはガラス越しに見える山に杖を向ける。
「撃て!」
ガルドの一声と共に、一条の閃光が船から放たれた。
船の主砲、その威力で遥か遠くに見える山の先端が削り取られる。
直撃すれば町一つくらい、容易に消せる威力を持っているのは想像に難くない。
「充填を開始。目標は……、ここから近いアーセルムの港だ。あっははは! もとよりここでの目的が済んだら帰投前にこうするつもりだったのだよ!」
ガルドは目標設定を行い、二十分程で自動照射されると付け加えた。
完全に窮地に追い込まれたセリオス達。
このままでは、アーセルムの歴史に最悪の一ページが刻まれる事になる。
「許さん!」
頭に血の登ったセリオスはガルドに向かって切り掛かった。
アーセルムへの攻撃も止める必要があるが、エトワールを操っている神器はなんとしても破壊しなければならない。
こんな男に、エトワールを好きにさせる事など許されるはずがなかった。
天使の妨害もなく、セリオスの剣がガルドに届こうとしたその時。
ガルドは両手を広げ、その体を突き出してくる。
斬れと言わんばかりに満面の笑みで。
セリオスの剣はガルドの首筋で止まっていた。
「ん? どうした? やらんのか?」
ガルドの挑発に対して言葉も出せないセリオス。
ガルドを斬れば、その痛みはそのままエトワールに向かう。
自らの手でエトワールに傷を付けるなど……
今のセリオスに出来る訳がなかった。
そしてためらうセリオスの腹部から、無数の刃が生えてくる。
天使達の剣が、セリオスの腹部を背後から串刺しにしたのだ。
明らかな致命傷。セリオスは吐血し、その場に倒れた。
「セリオス様……。セリオス様ぁ!」
エトワールは泣き叫び、力なく座り込む。
願うように両手で顔を塞ぎ、体中を震わせながら啜り泣いていた。
床に張り付けにされたセリオスの体は、徐々に鮮血で染まっていく……
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