1日目・見上げてごらん夜の星を

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「憲法9条なんて非科学的な条文は、今回は役に立たないのが明白だ」 「憲法が非科学的だと!」  久麗爺がつぶやくように言った。今津は政治家だけあって、法律の存在価値を問うような言葉に敏感だ。 「9条は希望と願望だけで成り立ってる条文だよ。それが証拠に、世界の他の国で同様な条文がある憲法は無い。第3次世界大戦は3時間で終わるとか、30分で終了とか言われていた時代には、それなりの存在感があったのは事実だ。全面核戦争の始まりと同時に、政府と国家が崩壊してしまうならば、へたな戦争の準備は意味が無い、とね」  久麗爺は頭をかかえた。若い頃には、9条を美しいと思っていた。しかし、戦場が戦争の一部でしかないと知った時、9条の科学的矛盾に悩んだ。 「今回、宇宙人どもと戦争しても、崩壊するのは地球の側だけだ。こちらが戦争を受けなくても、向こうは一方的に侵略して来る」  太郎は居間のカーテンをめくり、夜の街を見た。そして、暗い夜空を見上げる。  赤や黄色の点滅する光がある。警察の検問が家の近くになったせいだ。 「何してるの?」  姉の美優が問う。太郎は振り返らず、じっと外を見続ける。 「昼間のドローンがね、まだ、ぼくらを監視してないか、と思ってさ」  母と姉は、宇宙人が去って安堵していたところ。警戒を解かないのは、長男としての役割である。  太郎の危惧は当たっていた。宇宙人のドローンは屋根に張り付き、久麗爺と家族を記録し続けていた。  久麗爺の四畳半で行われた鳩首談合は、時間だけを浪費した。後に残ったものは、茶菓子の空き袋と床に落ちた菓子のクズ、部屋に立ち込めるポマードと汗の男臭。  結局、何も結論を得ぬまま、未明に解散となった。
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