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3日目.人民の、人民による、人民のための何か
夜明け前、久麗爺は布団を出た。昨夜は来客対応で遅く寝たが、結局、いつもの時刻に起きたのである。
寝間着兼用のジャージを着たまま外へ、裏玄関前で朝の空気を吸う。風と鳥の声に耳をすませた。表通りから自衛隊か警察の声が聞こえてくるが、そちらは聞こえないふりをする。
タブレットを鳥エサ台に置き、ビデオを再生した。
タンターカタタタッ、調子の良いピアノの調べ。ラジオ体操の始まり、今日はピチピチのレオタード娘を選択した。
男のロマンを味わいながら手足の運動。
昨日は、ここでイム・ベーダーが来た。でも、今日は地面は揺れず、静かなままだ。
最後の深呼吸をして、体操は終わった。
朝日が大雪山の向こうから顔を出す。かあっ、顔が照らされて熱くなった。
戦いを本分とせぬ者が、意に反して戦いの最前線に立ち、全地球の運命を負う・・・イム・ベーダーの言葉を反芻した。考えれば、それも確かに男のロマンである。
むんっ、己の腹に力を入れた。ぷり、小さな音でガスが漏れたが、問題にするほどでもない。
タブレットを手に家の中にもどった。
「お爺ちゃん、朝ご飯ですよ」
嫁の声があった。テレビを意識しているのか、昨日からと同じく、礼儀正しい発音だ。
居間へ行くと、いつもと違う風景・・・と言うか、光景があった。
息子の久麗念努はスーツでネクタイを締めていた。嫁の美智は化粧を決め、着物の上に割烹着を着けて給仕をしている。長女の美優は高校生らしいセーラー服で、きっちり髪が梳かされていた。太郎は学生服の襟元をしっかり締めている。
小学生の美佳以外は、顔も緊張した感じ。どこからドローンのカメラが撮っているか、それを意識しているのかもしれない。
とにかく、全員がよそ行きの雰囲気だ。
「お爺ちゃんも、食べたら着替えて下さいね」
「いや、しかし・・・動きやすい格好で来い、と言われてるし」
「そんな恥ずかしい格好で出かける気?」
ぎろり、嫁から殺意のこもった眼差し。久麗爺は言葉も無く同意するしかなかった。
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