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久麗爺はキミノヒ・トミを見た。
細い首、9頭身はあろうかと言う小さめの頭。イム・ベーダーよりは小ぶりな角があった。で、本物の角は真ん中の1本。左右のは偽物、飾り角らしい。女の角化粧と言うやつか。
キミノヒ・トミは角と角飾りをなでた。他人に触れられては不快なところである。
「両国梶之助のごときハンデであるな、ありがたくって涙が出そうだ」
ぼそり、久麗爺はつぶやいた。17世紀後半の横綱、両国梶之助は芝居『濡れ髪長五郎』のモデルとも言われる。色白の美男子で無双の怪力であったとか。強過ぎて、そのままでは戦う相手がいない。で、結った髷に櫛を差し、櫛が落ちたら負けにしてやると言った。土俵の外に出たら負け、足の裏以外が地に着いたら負け、等々の現代相撲につながるルールの元祖である。
「ひとつ、質問がある」
久麗爺は手を上げ、イム・ベーダーに向き直った。
「他の国でも、同じような事をしてるの?」
「いや、ここだけである。この、たった一度の勝負で全てが決まるのだ。ドラマチックだろう」
ふふふ、イム・ベーダーは口元から牙をのぞかせて笑った。
「さあ、始めよう。日没までに、この惑星の運命が決まる」
言うだけ言って、イム・ベーダーの姿が消えた。グランドにいるのは、久麗爺とキミノヒ・トミの二人だけだ。
久麗爺はシルクハットを捨て、髪の薄い頭を出した。モーニングの上着を脱ぎ、狭い肩幅を出す。しかし、体が軽くなり、動きやすくなった。
だが、と考える。男と女が古式相撲で戦う・・・武器を手にしていない戦いであるが、これは日本国憲法第9条に照らして、はたして正しいのか。憲法は戦争の放棄を唱う。1対1の戦いだが、国の存亡をかけた戦いだから、やはり戦争の範疇ではないのか。法治国家の一員として、ここで憲法の建前を主張し、戦いを棄てるのは正義として認められるだろうか・・・
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